Interview

村田 明子 / MA déshabillé 7/7

ヨーロッパは石の文化。石に反射する光を衣服の面でキャッチしてあげるのが出来ない。日本人のファッションはデコレーションで面を潰しすぎる。そういった見解を含めてMAでは陰影での視覚と、明光での視覚の中での共通点を提案出来るのが理想です

―今後ファッションはどこに向かえば良いと思いますか。どう進めば盛り上がると思いますか

とりあえず自分のブランドにとって有利な展開に向かって欲しいですが(笑)、、
ファッションはこれから超コンパクト、カプセルに入った薬みたいになってゆくと思います。みんなユニクロ着ているみたいな。。
ファストファッションもなくなると思うし、もっとユニフォーム化されていくのではないでしょうか。例えばモロッコでは大体、みんながジェラバを着ていて、色の違いしかない。否、色の違いさえも無く、みんなが黒を着ている、、とか、そんな風景になっていく気がする。
「今日なに着よう」とかファッションを楽しんでいる余裕がどんどんなくなっていくと思います。
案外下着とかは面白いかもしれません。イスラムの人はああいう服だけど下着が凄い、、とか、そういう感じはあり得るかもしれない。
でも、お金に余裕がない人はファッションを楽しむことが出来ない。
情緒、、とかの意味ではさっぱりしていくのではないでしょうか。

―MAの服はそこから離れているじゃないですか

まあ、せめて、『安物買いが出来る程の余裕はないから、高い上等な物を買う」っていうマインドはこれからもっと出てくると思うし、さっぱりした中での最低限の豊かさが何なのか私自身もお勉強していきたいです。

―以前は普遍性を求めていたと思いますがそれはどこで変わったんですか

日本に帰って来てカオスラウンジを見た時に「カオス」でも良いんだって思ったんです。私にとっての時間の秒針と作家さんの時間の秒針が何処かでピッタリと一致した瞬間を感じてグググって引き込まれる作品が良いと思う、買いたい、欲しい、、と感じるようになった。出会いのフックさえ転がってて、それに引っ掛けられて、曖昧なまま、10年くらい一緒に付き合っていく中で永さを形成していくことが出来たらそれもアリだなと思うようになりました。

―MAの服はどちらかといえば普遍性のカテゴリーに属する服ですよね

私の求める“普遍性”というのはまるで初めて起こった出来事のように、新しく、珍しく、私達がびっくりさせられるものです。芭蕉は「不易」と名付け、世阿弥は「花」と呼んだものです。たどり着くのも維持するのもとても難しい境地です。
以前は他人の作る物に対しても分別なくそれを求めていたような気がしますが、もっと抽象的な新しさで感動出来るようになったし、もっと、、ゆるくて楽でいいのだと思うようになりました。

―普遍性のあるものってどういうものですか

東大寺とか。ファッションでいうとシャネルですよね。永遠を作った人。

―最近のデザイナーで普遍的なことをやっている人はいますか

まず、ALAIAさんは間違いなく現在に置ける作り手としてトップでしょう。
日本ではVISVIMとかかもしれません。外国人の友人が来るとお店に連れていきます。それにOLD JOE。メンズだけど一番好きなブランドかもしれません。よく買うし本当に作り込みが凄い。当時一時帰国した際に見た、OLD JOEの服作りに感動したのです。わざわざ感が凄い。「こんなに洋服が好きな人がいてこれを作ってくれる工場が日本にはあるんだ!」って。それにPorter Classicにも感動しました。銀座のお店の在り方とかを含めて。

―MAはどんな人に着て貰いたいですか

家で高級な大島紬を超自己満足の為に着ている老人とかですね。そこに疑いがないみたいな。これを着ている俺は素晴らしいみたいな感じで着て欲しいですね。

―なぜ部屋着をやろうと思ったのですか

アウターウェア(外着)を無限に所有し過ぎているからです。デザイナーからも頂くし、コートは自分で50着以上も持っている。それらがもし燃えてしまったり流されてしまったりすれば作るかもしれないですが、今は作る必要を感じません。ヴィンテージの世界でも、日常着やスポーツウェアとインナーウェアは消耗品だから大事に保管されていないので、掘り出すのが割と難しいものですが、一番本質的に自分が興味のある歴史が隠されていると思っています。

―日本に帰って来て変わったことはありますか

小さいもの、ディテールが見えるようになりました。欧米人は大味だし、化粧でいえば、ナチュラルメイクとかは見えないのでやる意味がないという感覚。日本は見えないのにやることが多い。化粧にしても、今までちゃんと聞き取れなかったり見えなかったものに対して眼が慣れ始めて見えるようになってきたと思います。

―それはファッションにもあらわれていると思いますか

そういうのは良さでもあるけどそれを外国に直接持っていったら見えないで終わってしまう。露骨にしないと見えないこともある。ある程度象徴的に合理的に。

―MAの服は露骨なんですか

露骨だと思います。私は面倒くさがりなので要点さえ抑えておけばあとはどうでもいいと思ってしまうのです。
MAの服を東京のストリートで着て歩いていたら変に目立ってしまうでしょう。
例えば、原宿のストリートでのスナップを拝見すると、その一枚の写真を十分割したとしても、柄とかレースとか、、パーツごとの要素が溢れんばかりに詰まっています。
そういう美意識に対して自分が主体的に何か同感出来るかと言ったらヨーロッパに住みすぎたせいで出来なくなっていると思います。
もっと無駄なものを省いて骨格の部分がしっかりしている方が好きです。
例えば『小悪魔アゲハ』など、みんな同じ顔に見えるけど微妙に違う、ミクロの世界感が凄いなと思うし自分にないところだから格好良いなと思いますが、それをヨーロッパに持っていったらちょっと悲しくなるかもしれない。
パリコレでも日本人のエディターさんはここぞとばかりにそこそこの”今物”を着ているけれど、やっぱり洗練されていない。
ヨーロッパは石の文化。石に反射する光を衣服の面でキャッチしてあげるのが出来ない。日本人のファッションはデコレーションで面を潰しすぎる。そういった見解を含めてMAでは陰影での視覚と、明光での視覚の中での共通点を提案出来るのが理想です。

―でも今は日本でそういったエレガンスな服をデザインしていますがヨーロッパでやっていたらまた違ったものになった可能性はありますよね。もう少し大味なものになった可能性も。今の服は露骨かもしれませんが職人的な服ですよね。

そうですね。そういう部分は日本で学んだこともあります。刺繍も「ここの細い線は微妙にグラデーションで濃い黄色と薄い黄色でしてください」と伝えると理想していたものがファーストサンプルで完成する。そういう職人気質、小さいことに拘るのが日本は凄いと思います。これがヨーロッパであれば「そんな細かい部分の糸の色を変えても見えないだけだからやめなさい」と言われて終わります。
これからは、日本に拘らずに、何着かのガーメントをトランクに詰めて色んなところに行き、色んな少数民族を捕まえて刺繍をしてもらったり、何かを足してもらったり、とか、、もうめちゃくちゃな国籍不明のフュージョン、色んな国のクラフトがつまっているみたいなものをクチュールラインのBouqueに足していきたいです。

―下着はやられないんですか

やってみたいですが、自分がノーブラですのであまり一般的な下着への見解がわからないですね。(笑)
ですがセックスショップはやってみたいです。ヴィヴィアンの息子さんがやって(AgentProvocateur)ような性の遊びの為のもので必要性としてあるものではない下着とか。絶対にニーズはあると思いますし。

―ルームウェアも性と繋がる部分はあるんじゃないでしょうか

「ティファニーで朝食を」のオードリーがふわっとパジャマで出てくるそういう可愛さみたいな、萌えみたいのは狙いたいという思惑があったり脱がされる為に着るガーメント、、の思惑とか、そう云う思惑は一応あるのですがまだ形式化には到ってないですね。
むしろ、寝に行くというか、1日の3分の1は寝ていますから寝る時間を旅にいくみたいな感覚。これ着て寝たら良い夢見れそうだなっていう、自分の体内の方に向かって行くガーメントの方がつくりたいのかもしれません。

―寝る時間って贅沢な時間だと思いますのでそこでラグジュアリーな服を着るのは理にかなっていると思います

寝る時も今日はちょっとピンクな気分で寝たいとか、そう云う感じで寝る時間とかももっと楽しめると思います。
枕やベッドに拘る人は多い。それと一緒で衣服にも拘るべきです。ヘンプ(麻)には浄化の意味合いがあります。私が使っているプラネタの麻は浄化力が凄くてそれを掛けて寝ると朝から瞳孔が開いている感覚、凄く清々しい気分になれます。
素材もカッティングも色も体内に取り入れたいと思えるようなものが作れたらいいですね。
寝に行くのと同じように墓石を選ぶ感覚で死ぬ時も凄い服を着ればよいと思います。そうしたら普遍性に繋がりますよね。(笑)

HP:http://ma-deshabille.com/

Interview & Text:Masaki Takida, Fumiya Yoshinouchi

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