Interview

Akira Naka 2/4

“女性を見る時に洋服だけを見る事はしないですし、やはり女性がデザインの中心にあるべきだと感じています”

‐アントワープでは周りの生徒から受ける影響も大きかったですか

教員からの影響力は勿論凄く大きいのですが、学生にとって一番影響を受けるのはやはりクラスメイトだったと思います。影響というと誤解を招くかもしれませんが、デザインが影響を受けるのではなくそれに向き合う姿勢や作品を追及する意識レベルについてです。
彼らは自身の作品のクオリティーによってお互いを自然と引き上げ合っています。
当時クラスメイトであった(坂部)三樹朗と僕はデザインスタイルは全然違うのですが、ヨーロッパにいると同じ日本人の視点というものが見えてしまう。しかしイスラエルやロシアとかの方は考え方自体が僕達からすると未知数なのです。だから脅威でしたね。

‐アカデミーではどのような作品を作られていたんですか

2年次まで凄く造形的なアプローチを試していました。今とは随分違いますが。当時は造形美がモードの中でも注目されている時期でした。2000年を迎えた頃のAngelo FigusやOlivier Theyskens, Alexander McQueenなどの作品は今見ても心を打つものがある。私は私でエモーショナルという点とシルエットの間を行き来していた気がします。しかし2年のコレクションの後、造形に集中されすぎる美しさに疑問を感じたのです。そこから先どの様に洋服として人とかかわっていくのかという接点が見えなくて。自分は社会や文化、また現地の人を見たくてヨーロッパに渡ったのに、自分が進めているプロセスはもっと自分の目の前にあるコミュニケーションのツールのみ(洋服のみ)に向けられているような気がして。 そして3年になってもっとソフィスティケートさを打ち出し女性を含めてイメージを作り上げるプロセスに変化させていきました。その頃からベルギー以外の国では自分の作風がどう映るのか興味を持ち始めていて(イタリアだったらとかフランスだったらとか)、自分の今の作品はどう受け止められるかを知ろうと思い、イエールに作品を出しました。

‐その時の作品はどういうものだったんですか

とにかくデザインをしてる意図をなるべく見せずに今までにないものを製作しようと思っていました。一見デザインしていないベーシックな洋服に見える。しかし同時にそこに違和感が存在するような。
デザインするプロセスをもっと前の段階に持って行くことでそれが出来るのじゃないかと感じ、デザインする前の思考の中に存在する洋服の概念的な部分に働きかける事にしました。その過程でグラデーションニットが創られました。また僕の師であるEls (Arnols)に出会ったのもその頃です。その時初めてグラデーションニットのプロトタイプを作りました(当時は全部手作業でした)。

‐Elsはどんなことをやっていたのですか

自分でオフィスを持って大手だとLouis VuittonやHugo Bossなどのショーサンプルや、アントワープだと当時はBruno Pieters、Haider AcckermanとRaf Simonsのニット製作をしていました。

‐彼女と仕事をしたいと思ったのはなぜですか

最初はニットで凄く力がある方という事を聞いていて、僕がグラデーションニットの作品を作る時にニット部分の製作依頼に行きました。最高のレベルのニットが出来る人と作品制作をしたいと思っていたのでラフシモンズのニット製作をしている方に会いに行きました。
イェールから帰った後、彼女からレーベルを立ち上げる話を頂き自分にとってはまたとないチャンスだと思いました。僕とElsそしてドイツ人のマネージメントが入って3人で会社を立ち上げる為に1年間くらい準備しました。会社の登録もしてもうスタートというところまで来ていたのですが、スポンサー絡みでプロジェクトが止まってしまいました。そこでElsとは別々に動かざるをえなくなったので、いつかまた一緒に作品を作ろうと話して僕は帰国しました。

‐ベルギーに残りたい気持ちはなかったのですか

帰ってくることに関してそんなに抵抗はありませんでした。自分のスタンスさえ崩さなければどこの国にいても同じだと思っていたので。

‐Elsに出会ったことは大きかったですか

彼女に出会ったことはとても大きかったです。クリエイションのプロセスも本当にたくさんの事を教えて頂きました。勿論アカデミーのWalterやパトリック(2年次)などの先生というのは僕のデザインの基礎を築いて下さった方々です。特に2年のパトリック氏からは凄く多くの事を学びました。その頃は反発ばかりしていましたが、今当時を振り返るともっと深く彼の意図を感じ取れるので、縮みあがるような思いです。

‐帰国したのはいつ頃ですか

2006年です。Elsとのプロジェクトがあったのでベルギーには行き来してました。

‐その後2007年にヨーロッパからの新人たち展でデビューしました

帰国後、企画を作ってはプレゼンをするという日々をずっと続けていました。その過程でこの企画に出会い参加することになりました。

‐ヨーロッパで出会った新人たち展が行われたのはなぜですか

色々なところにプレゼンに行く中で東京デザイナーズ協議会の議長に会いに行きました。その方とのミーティングの場で偶然に坂部と再会しました、とても驚きました。彼はwrittennafterwardsの山縣と一緒にその企画のプレゼンをする為に来ていました。この企画はヨーロッパにいる力のある若手にプレゼンテーションの機会を提供すると同時に、東京のファッションシーンをもっと国際化することで活性化する事を目的としていました。私たちが初めて一緒に作り上げていった企画であり、この企画を通して各々のブランドのビジョンなどを理解するきっかけにもなりました。

‐その後ヨーロッパからの新人たち展に向けてブランドを立ち上げたと

まだまだ核になる部分が整っていなかったのですが、全てが揃ってからというよりも揃えていく方法を選びました。

‐一番最初は自分の為の服を作ったわけですがレディースの服をやろうと思ったのはなぜですか

洋服を学んでいく過程で女性の服の造形と表現の広さに魅せられました。メンズのデザインは直接自分が男性の目線を持つという点でレディースのデザインよりも距離感がつかみ易い。レディースではよりチャレンジの多いプロセスになりますし、未知の領域に働きかける面白みを感じています。

‐Poesieのブランド名の由来はなんですか

そういう世界観が美しいと感じています。シャガールの絵が好きなのですが、シャガールの絵には強いポエジーを感じます。そういう独創的な世界観を持ったブランドにしたいと思っていました。

‐今とは大分コンセプトが違うようですが

あの頃はプロダクトとして洋服を捉えていました。洋服は洋服として一つのプロダクトでありインスタレーションでコンセプトを見せながらそれごと楽しんでもらう。今のように女性の介在については深く考えていませんでしたし、全く異なるスタンスで考えていました。それが新しいとも感じていました。もっと洋服を原点の位置からデザインするというか概念の位置からデザインしたいと思っていました。

‐その次の展示会はRocketでの展示ですね

はい。デヴィッドリンチの美的感覚に深い興味を抱いていた時です。

‐Rocketの展示会での反応はどうでしたか

ほぼ誰も私のブランドについては知らなかったと思いますが、意外にたくさんの方が来て下さいました。色々な意見がありましたが、多くの方が一様に何かを感じてくれたようでした。かなり実験的なプレゼンテーションでしたので私自身も感じる事、学ぶ事が多く無事に終える事が出来た事が何よりでした。

‐その次のシーズンからブランド名をAKIRA NAKAに変えてショーをやり始めました

Gellery rocket でのインスタレーションを終えた後に色んな方から連絡がありコンセプチャルなところやデザインにアントワープの匂いがすると言われました。しかしこのコレクションを製作した事でブランドにとって核となる女性像やライフシーンが欠如している事に気付きました。自らのイメージを打ち出すのみになっていたのではブランドになり得ないですし、自分のコミュニケーションの相手である女性の介在としっかり向き合いたいという思いが生まれました。ブランドの打ち出し方やコンセプトも変える必要がありましたし、そこでAKIRANAKAをスタートしました。

‐ショーをやろうと思ったのはなぜですか

けじめみたいな部分はあります。もっと真剣に女性を見つめ直しその時に何が新しいかを考えた時にディテールで見せる時代じゃないと思いました。私たちも女性を見る時に洋服だけを見る事はしないですし、やはり女性がデザインの中心にあるべきだと感じています。洋服はそれを構成する要素の一つでありそれを包括する全てを見据えた上でのデザインであるべきだと。デザインアプローチは女性像や女性感であり、自分に与えられたツールが洋服という捉え方です。ですのでそこにはヘアメイク、スタイリスト、そして何よりも女性の存在が必要でした。ショーはそれを表現する一つの方法だと思います。

‐初めてのランウェイを終えて反応はどうでしたか

まだ何とも言えない感じです。周りの反応もまだプレスの方の主観的な部分がほとんどなので。もう少し進んでプレスと顧客、そしてスタッフの声のバランスが整ってきてからしっかりと受け止めていこうと思います。それまでは自分の信じている部分をより純粋に表現できるよう臨むのみです。

‐ショーはやっぱり重要と考えるんですよね

色々な想いがありますが、やはりハンガーにかかっているものとモデルが着たものとを比較する場合、純粋にモデルが着た方が女性像を打ち出し易いという点はあります。女性はそれ自身デザインされているものなので服だけの提案では完成し得ないと思うんですよ。
それでは相対的なバランスになってしまう。人が入って完成、人が入って美しい物を作りたいですし、人が入って服が完成するわけではなくて完成に近づくのは女性自身だと信じています。ですので結局自分が働きかけてるのは服ではなくて女性だと感じます。

続く

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