服・音楽・写真・パフォーマンス何でもそうですが、オリジナルが在ればコピーは容易です。それが起こりにくいのは、クリエイターにモラルが在るからだとおもいます。
なにがオリジナルでコピーかを見極めるかは消費者であり、それを教えるのがメディアだと思います。情報が手に入りやすい時代だからこそ、著作権侵害は深刻な問題であり、犯罪行為でもあると認識する事も必要だと感じます。
※著作権侵害にあたいするかどうかは、2つの作品を人が並べて見比べたときに「類似している」と感じる割合の大きさによって判断されるそうです。
例えば、プロジェクターを使ってダンスと映像を合わせるという技法は誰でも考えつく可能性があります。つまり道具や技法は焦点では在りません。ですが、パフォーマンスの個性は作者が生み出すものです。音楽なら楽器を使いますが、メロディや歌詞は個々の作家の個性によるものだと思います。
ファションでも同じ道具や機械を使用して服をつくります。ですが、その道具を使って生み出すものは個々のアイディアから生まれたそれぞれのデザインであるはずです。
また、インスパイア、オマージュやパロディとも違います。それらはもとのクリエイションの歴史に尊重や尊敬があって生まれるものだからです。
矛盾するような話では在りますが、「模倣されてこそ本物」というシャネルの言葉があります。その作品に魅力があるからこそ模倣される証という事です。なるほどそうだなと思う部分もあります。その本意は「偽物こそが本物を際立たせ、本物は一目でわかる」という事です。
つまり「本物は本物」誰でも分かるということだと解釈します。
広く模倣されることによって「ジャンル」が構築されます。音楽でいえばテクノやロックやポップ、服でいえばシャネルスーツ、デニムやトレンチ等々。携帯ではi-phoneでしょうか。誰かが必ずつくっているのですから、先駆者である「オリジナル」がいるはずです。
「偽者が現われてこそ、本物は本物としての実を示す」これもシャネルの言葉ですが、「オリジナルはオリジナル」であり「コピーはコピー」であるということにかわりないのです。