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contemporary creation+

東京・吉祥寺の大正通りにあるショップcontemporary creation+です。
日本の注目のデザイナーの最新作やオートクチュールのドレス、世界の名デザイナーの稀少なアーカイブまで取り揃える、服好きの聖地のような小さなお店です。
サッカー好きなので、サッカー記事も多いです。
contemporary creation+
武蔵野市吉祥寺本町2-31-2-101
tel+fax 0422-20-8101
http://guild3.exblog.jp

DAN TOMIMATSU インタビュー 第三部 帰国編

D A N T O M I M A T S U
http://www.dantomimatsu.com/

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帰国して、デザイナーの小宮山洋氏と『dan to yoh』というデザイン事務所を立ち上げられますよね?
その経緯から聞かせていただけませんか??

dan
元々、小宮山くんとは、多摩美で同級だったのですが、彼は建築で、僕はプロダクトなので、特別仲が良かったわけではなかったのです。
それが、イタリアから帰国する時に、ニューヨーク経由で帰国したんですが、その時に、小宮山くんがニューヨークに居て、立美の時に一緒だった東京コレクションでデザイナーやっているSACHIO KAWASAKIのショーの空間演出を頼まれて、一緒にやろうという事になったんです。

それが直接のきっかけです。

結局、SACHIO KAWASAKIのショーの演出に関しては、色々な面が折り合わずにボツになるのですが、小宮山くんとの共同作業は続けていくことになりました。

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dan to yoh では、公立高校のトータルデザインもやってますよね。
あれは、どういう経緯でデザインされることになったのですか?

photographed by Takumi Ota

dan
あれは、元々はパンフレットの依頼だったのです。
パンフレットのデザインだったのですが、パンフレットをデザインする上で、校章とかいろいろな要素があるじゃないですか?
そういうのもトータルでデザインしないと、効果的では無いとプレゼンしまして。。
結局、いろいろなデザインをやらせていただける事になりました。

デザインしたのは、町田総合高等学校といいまして、東京都の総合学校プロジェクトの最後のプロジェクトで、モデルになるべきプロジェクトだったのです。

総合高校のプロジェクトというのは、元々、都立には技能系の専門高校があったのですが、中学3年生の時に、まだ自分が未確定なまま将来の進路を決めてしまい、高校に進学したら、実は自分に向いていなかったという事例が相当な割合であったのです。
それは、人生において悲劇的なことです。

そうなることを防ぐために、総合高校というものを作って、その中で、専門的なカリキュラム、美術とか家政化とか技術とかを単位として習得出来るシステムを作っていこうということでした。

そこで、人間形成をしながら、自分に合った将来の職業を見つけることが出来るような仕組み作りの一環だったのです。

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そういう高校が出来ていたとは初めて知りました。
でも、そうですよね。そんな簡単に自分の適性が分るはずないので、そういう制度は素晴らしいですね。

dan
そうなんです。
そこで、デザインは、そういう要素をベースに考えました。

まず、教育を植物の成長に喩えて考えてみました。

すると、植物の成長にとって最も大切なのは光です。

教育というのも光のようなものなのではないか?と考えました。

それで、光を校章にしました

光という物は本来無色透明ですから弁化して表現することは出来ないはず です。
そこで発想を変えて、光を描くのではなく影を作る事で光を感じることので きるようにして School identity としました。

従来の教育者が、無理矢理自分達の作った思想やカリキュラムに嵌め込む教育では なく、目の前に居る子供達を中心とした純粋に 包み込む光が必要だと考えたのです。

そして校章の軸を箱でしかない学校から光を宛てる教育行為へと移した事で、総合高校の持つコンセプトも表現出来るのではな いかと考えました。

併せて、フレキシブルに授業カ リキュラムを対応させる教育方法から、光のあたり方が違う校章も制作していま す。

『 光の校章 』

植物は芽を出すと『光』のさす方へ自然に進んでいきます。
生命の根源的な希望が『光』にあることが分かります。
人間にもそのようなことが言えるのではないでしょうか。

長く続く人生という道が始まった時から
進学・就職・結婚といった、様々な目的や目標となる
道しるべがそれぞれの人の前に立ち現れてきます。

ただ、『光』のない暗い道を歩く場合、
目的や目標となる道しるべを見つける事ができずに
不安をかかえたまま、道を進んでいかなければなりません。

その道に『光』をあて、明るく道しるべを照らすことで
長く続く人生を豊かにすることができます。

この学校の大きな特色である” キャリア教育” は、
生徒にとって希望の『光』となりえるのではないでしょうか。

私たちは道を照らす『光』が町田総合高校の本質だと考えます。
『光』をあてるという行為、『光』があたっている様子を
影を使い学校のシンボルである校章として表現しました。

A r t  d i r e c t i o n  d a n  t o  y o h

http://www.machida-sogo-h.metro.tokyo.jp/kousyou.html

1年ちょっとこのプロジェクトに関わりました。

そこで、色々な問題について考えさせられました。

まず、公共事業の発注というのは、最低価格落札制度になっているんです。
最低価格で入札したところが施行するわけです。

そうすると、当然のことながら、色々なものが粗悪になっていくんですよ。
部品は当然中国製になっていったり。
良いものを作ろうとすると、当然お金がかかるから、最低価格制度では落札出来ないのです。

頼みたいデザイナーが居ても、頼めない仕組みになっているんです。

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それは、大問題ですね!
それで、ふつうの学校とかボロいんですね。意味が分かりました。

最低価格ということは、たとえば、ステンレスのネジとか使えばずっと錆びないけど、単価が安いネジ使うと錆びますよね。
それだけで、全てがダメになりますよね??

dan
そうなんです。コンクリートもそうです。
最早まっとうな価格を提示す る事は出来ない状況にあります。価格競争の激化が進んでいます。

予算に関してもう一つ、ウェブのデザインもやりたかったのですが、日本では予算が個別につくので、 ウェブの予算は下りませんでした。 教師が作れば良いということになっているようです。

テンプレートのようなものも 用意されているのですが、、、なのでどこの学校も同じ様な印象になっています。 このネット社会に、ウェブのデザインの費用も出ないのかなとは思いました。 すごく良いデザイン案があったのですが。。

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なるほど。そうだったんですね。。

武蔵野市で、100年通用する小学校というのを建てたことがあったんです。
ファッションの撮影に使おうかと思ったくらい良く出来た小学校だったんですが、市議会では、野党側から予算の無駄遣いとしてバッシングされていました。

でも、子供が快適な小学校の方が、子供はよく育つに決まっているじゃないですか?

一番感受性が豊かな時期に、牢獄のような建物とか教室に閉じ込められたりしますものね。日本は。
もしかすると、嫌な場所でも我慢して居続けることを学ぶために学校という制度が作られたのかな?と思ってしまいます。
だから、落書きしたり、窓ガラス割ったりする子供が出てくるわけで。

学校が楽しい場所なら、子供は進んで行きたいと思うはずです。

dan
欧州だと学校は、ものすごく荘厳な建物だったりしますよね。
元々教会のようなものなんです。
そういうところでは、感じ取るものが違うと思います。

話は少しずれるかもしれませんが 自分の卒業した母校が数年の内に廃校になり解体されるということはとても悲しい 事です。 原風景がどんどんデリートされて行く訳ですから、、、

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何か、日本の公共事業は、お金を使うところを間違っている気がしますよね。
作れないダムに8000億円かけるとか。
そんなにお金をかけるのなら、身の回りの学校とか街路樹とか、様々デザインして、快適な街作りが出来るはずで、しかも、その予算を使う施行業者は同じはずだから、特に何の問題も生じないはずなんですが。。

無駄な公共事業を減らせというよりも、ちゃんとデザインして、人々の幸せになるように公共事業をやってほしいです。

dan
それが本来のデザイナーの役割だと思うんです。
ほんのちょっとしたことで、全然良くなるのですが。。

イルミネーション一つとっても、光のことをよく分っているデザイナーに頼むだけで、全然よくなるわけですから、なんで頼まないのかが分らないです。
今の街の現状を見たら、使う予算は、ほとんど変わらないというより、むしろ安く上がると思うのですが。。
予算を使うためだけにやっているとしか考えられないです。
イタリアとは、真逆の発想ですね。
イタリアは、安い予算で最も効果が高い方法を選んでデザインしますね、そういう場合。

そういうイタリアも、別の面では汚職とかいろいろありますけど、もちろん。
デザインに関しては、ちゃんとしてます。街も綺麗ですし。。

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イタリアは街が綺麗ですよね。
だから皆、また行きたいなという風に思います。

日本は、また行きたいと思う街が少な過ぎます。どこに行っても同じような駅前の風景が広がっていて。。

少なくとも、京都や鎌倉みたいなところだったら、何度も行きたくなるわけですし、小布施や川越のような小さな街でもリピーターが多くいるわけですから、地方の小さな都市でも出来ないはずないのですが。。

他にはどういうことをやっていたのですか?

dan
ツイッター演劇というのもやりました。

二人共、演劇が好きなんですよ。で、よく見に行っていたのです。

でも、演劇はマニアックな世界で、映画とかテレビに比べると、全然観客の数が少ないじゃないですか。
閉鎖された中でやっている感じです。

それで、演劇って、ようするに何だろう?と思った時、これは、生なんだ。という風に思ったのです。

生だから、観客と演技者の相互作用があるから面白いんだという事に気付きました。

それで、相互的なコミュニケーションが生まれる中でのお話ということだったら、ツイッターでデジタル演劇が出来るかもしれないと思い、デジタル演劇をやってみたのです。
それなら、もっとオープンに、リアルタイムで楽しんでくれるのではないかと思いまして。

で、みんなにツイッターアカウントを取ってもらって、生であらかじめ用意した脚 本、映像。 動画や写真をアップしていくのです。

脚本も何時何分にこのTweetみたいなかんじ で組まれています。当然フォロワーからフィードバックがあるわけですから、リア ルタイムで脚本を書き換えて行く必要が在ります。けっこう大変でした。。。

な ので、脚本の原文は同じですが、毎回違うストーリー或は印象になります。 ツイッターのフォロワーが3000とか4000とかになりました。このお客さん が観客となるわけです。

ここで、ソーシャルメディア、フェイスブックとかの活用の仕方を憶えました。

現在スタートしているプロジェクトは、 to magazineというものです。

正式には、dan to yoh to magazineというのですが
具体的にはインタビュー。
まさに今ここでやっているようなことなのですが、タモリのテレフォンショッキングみたいに、友達の紹介でどんどん繋がっていくインタビューにしたいと思っています。

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メディアも作ったのですね。
だんだん DOMUSみたいになってきましたね。
ところで、『yoniji』という虹の出る照明がありましたけど、あれはどういう経緯で生まれたのですか?

photographed by Takumi Ota

dan
あれは、小学校の時の理科の実験で虹を作ったことがあったのです。
それが綺麗だったことを思い出して、虹が出来るキットというのを買ってきて、その技法を応用して照明に出来ることを思いつきました。

これも2010年の作品です。

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発想が素晴らしいですよね。
そしてロマンチックです。

『veil』という 生け花がドライフラワーになっていく過程を見ることが出来る花瓶は、どういう経緯で誕生したのですか?

photographed by Takumi Ota

dan
『veil』は、実は大学一年生の時に授業で制作したものなんです。
もちろん、形状その他は違うのですが、おおまかなコンセプトは同じです。

授業で制作したものなんですけど、当時売れたんですよ、何点か。
それで、これはプロダクト化出来るかもしれないと思いました。

イタリアへ行っていた時、向こうでは、貧しい人が薔薇を売りに来るのです。
一本1ユーロで、これを買う習慣になっているんですが、貧しい人達が作ったものなので、直ぐにしおれてしまうんです。

それで、部屋に何本も薔薇があるようになって、ある時、自分でもドライフラワーを作ることにしたのですが、その時、そういうことが出来る花瓶があれば良いなという風に思ったのです。

イメージソースは、『オフィーリア』です。
ルーブル美術館にある。

それとビルエヴァンスのアルバム『アンダーカーレント』です。

実は、ビルエヴァンスの方は、『オフィーリア』を元にしているそうです。

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『オフィーリア』は凄い絵ですよね。
僕も、ルーブルで見た時、背筋がぞくぞくしました。
たしか宮崎駿も絶賛していました。
「こんなに凄い絵が世の中にあるのか!」って

dan
水の中に沈んでいるのか、空中に浮かんでいるのか分らない感じが素晴らしいですね。

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アクセサリーのブランドをやろうと思ったきっかけは何だったのですか?

dan
日本の工場に、フェラーリとかスペースシャトルの部品を作っている、ものすごくハイクオリティな工場があるんですよ。
でも、本人達は、何を作っているのかよく知らされないまま、設計図通りに、ものすごい技術で作っているのです。

もし、その技術が無かったら、スペースシャトル飛ばないかもしれないのです。

でも、その会社は下請けなのです。

たとえば、スワロフスキーなんかも、もともと下請けで、ダイヤのカットから始まって、ものすごい技術力なんです。
でも、下請けで終わらずに、その技術力を商品力に変えて世界的なブランドになりました。

エルメスなんかも、元々は馬具作っていた会社です。
それが、ちゃんとしたものを100年作ってきて、世界的なブランドになったんです。

でも、日本の工場は、今でも下請けのままです。

ブランドになっているのは、トヨタとかホンダとかパナソニックとか、最終的にパッケージングして売り出している会社です。

工場がブランドになっていないのです。

それで、東京ビッグサイトというところで技術市というのをやっていて、技術屋さん達が、いろいろ展示しているというので見にいってきたのです。

内輪の展示会という感じで、技術屋さんたちが集まって展示をしていました。
すごく閉鎖的な感じなんです。

その中に、指輪をデザインサンプルで展示している切削会社があったので、「こういうのなら、ちゃんとデザインをすれば魅力的な製品になります」と、プレゼンして、デザインをやらせてもらえることになりました。

それで、チタン削り出しのリングを作りました。

切削会社は、もともと下請けなので、時間あたりの単価で仕事をしています。
なので、動かしていない時間があるのです。
その時間を有効活用して、工場のオリジナルの商品開発をしようという計画でした。

ただ、これは、指輪を作るのに、とんでもなく時間がかかりました。
時間あたりいくらという仕事なので、チタン削るのに10時間とか平気でかかるのです。
だから、 F−1マシンとか、あんなに高価なのですが、指輪も高価になり過ぎて難しかったです。

原価が高くつき過ぎているのです。その解決案的なデザインプロジェクトも進んでいますので次回に期待して下さい!

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このプロジェクトが、現在のアクセサリーデザインに繋がっているわけですね?

dan
そうです。
実は、相方の小宮山くんが、内装関係の仕事で上海に行くことが決まったんです。
経済活動の活発な上海に行く事はとてもエキサイティングな ことです。

もちろん、彼が上海に行っても、共同のデザインは続ける予定なんですけど、自分の個人プロジェクトの方に使う時間も増やすことが出来るということで、私自身プロダクトと基より興味のあったファッションの中間的なイメージもありまして 、アクセサリーという方向になりました。

それで、このチタンのプロジェクト進行させていたところで、例の311地震が起きました。

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それでどうなったんですか??

dan
それで、当然のことながら、原発が爆発して電力不足とかいって、実際本当に電力が不足していたかどうかは分かりませんが。。。 、計画停電になったじゃないですか。

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現在、ほとんどの原発が止まってますけど、全然電力不足にならないですよね。
もちろん、全部止めても全然大丈夫なんです。もちろん、あの時は、他の火力が火災で止まったり、原発動かすためにそもそも稼働させていなかったこともあったと思いますけれども。。

dan
そうですよね?
それで、工場も当然のことながら止まってしまったのです。

やがて稼働するようになったのですが、大口のクライアントの仕事が優先で、全然生産が進まなくなってしまいました。

この時に、自分がコントロール出来ない領域でだけ仕事を進めていってはダメだと分ったのです。

なので、自分がコントロール出来る範囲で制作出来る、アナログな方式に切り替えたのです。

もちろん、将来的に、日本の素晴らしい先端技術を使ったデザインというのは、またやりたいと思っているのですが、現在のような状況では、もっとアナログな手仕事を使ったデザインで、どこまで造形とか表現が出来るか?を突き詰めていった方が良いと考えました。

ccplus
その第一弾がラバーバンドだったのですね?
あれは、どういうことから着想したのですか?

dan
第一段というか、アクセサリーを始めるにあたって、制作手順のトライアル的な位 置付けで、根本的なブランドコンセプト再結晶、この場合は記憶を再結晶させると いうコンセプトを盛り込みながらシンプルに仕上げました。ホテルのイベント用に 作成したというのもあります。

ある時、お菓子を食べていて、包んであった輪ゴムを取って、手に嵌めたのです。
その時に、これは美しいんじゃないかと思いました。

物自体の面白さに併せて、人がある共通の記憶を持っていてその記憶のプールを波立たせるオブジェクトでした。

それで、シルバーで輪ゴムの形状を模して作ってみたところ、これが、金属なのに柔らかくて整形出来るのです。

輪ゴムっぽさを出すために、シルバーの土台をあえて古い機械でざらっとした テクスチャーに仕上げています。先端の押し出し機械で角棒を作るとどうも工業製 品っぽくなってしまうのです。

ccplus
ラバーバンド、凄い人気ですよね。皆の琴線に触れたみたいです。
周りのデザイナー達もかなり買っていましたし。

ところで、『ラバーバンド』を発表する時に、ホテルでデザインイベントを一緒にやりましたけど、そのきっかけについて教えてください。

dan
あれは、(元ジルサンダーのレディース布帛部門のチーフデザイナーだった)上榁むねのりさんと一緒に、チタン削り出しのリングの展示会とレセプションパーティーをうちのアトリエでやった時に、ホテルのデザイン的なプロデュースをやっている方がいらしていて、こういうパーティーをホテルでやりたいと誘っていただいたのがきっかけです。

ccplus
上榁さんとはミラノで知り合ったのですか?

dan
そうです。ミラノサローネで知り合いました。
それで、何度か飲んでいるうちに仲良くなりました。

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うちにも紹介していただいてありがとうございます。
本当に美しい服を作っていらっしゃる方ですよね。

dan
造形力が凄いですね。
彫刻みたいな感じです。惚れ惚れします。

ccplus
で、イベントなのですが、僕も参加させていただいたのですが、本当に美しいイベントになりましたよね。
音楽とか映像とかダンスも質が高かったですし。感動しました。
来ていただいた方は、本当に満足していただけたのではないかと思いました。

dan
その時はお世話になりました。
本当に綺麗なイベントが出来たと思います。映像として残しているものも、ものすごく綺麗です。
やって良かったなと思います。
一緒に参加してくれたクリエイターの方々とも仲良くなりましたし、インフォーマルなクリエイションを議論したり発展したりするきっかけになった気がします。

Directed & edited by Takahiko Watanabe

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僕も今後、そうした場を発展させていきたいと思っています。
もっと、クリエイター同士や一般の方々が触れ合って、場を作ることが、これから大事になっていくのではないでしょうか?
Jリーグみたいなやり方が良いと思うのです。
地域があって、サポーターが居て、素晴らしいプレーがあって、夢があり、皆が楽しめる場を作りたいと思います。
ファッションでも、それが出来ると思うんです。

dan
そう思います。そうなると良いですね。

ccplus
そしてRE CRYSTAL RINGが出てくるわけですが、このデザインのきっかけは何だったのですか?

dan
これも基本的なコンセプトではラバーバンドと同じです。
記憶の再結晶を行っています。

青山の SUSgalllery で行われたエキシビションはこのはブ ランドとして初めてのコレクションとなりました。

ブランドのオリジンに関わる様な展示にするという意味合いを持たせました。

その記憶に関してですが、 子供の時に氷砂糖舐めませんでしたか?

今でも祖母が果実酒を漬ける時に使用しているのですが、 ある時それを横から拝借して、食べながら眺めていた時の事です。

単純に美しいなと思いました。しかも何か心の奥をつかまれる様な強さも ありました。

氷砂糖は結晶なんですけど、結晶になる時の温度とか湿度によって様々なカタチに結晶化するんです。

様々なカタチになるんだけれども、そこには自然の秩序があって、美しいなと思ったんです。

ccplus
結晶って不思議ですよね。生物でも無いのに、勝手にカタチが形成されていくんですものね。
植物の細胞を顕微鏡で見たことがあるのですが、結晶の構造と非常に良く似ているんですね。
きっと、そこには何か共通の仕組みがあるんじゃないかと思います。

dan
植物の細胞も綺麗ですね。
自然に生まれてくる秩序みたいなものがあって、それは、完全に整っているわけでは無いのだけれど、どこか揺らぎながら整っていて、それがものすごく美しいんですよね。

で、 『リクリスタル』ていう響きがとても気に入っていて、ブランドのコアコンセプトの一つでもあります。

氷砂糖のRE CRYSTAL RINGには、カタチを再結晶化するだけではなく、記憶の再結晶化とか体験の再結晶化っていう意味合いもあるのです。

そしてブランドとしては歴史や未来のイメージの再結晶化ということも含めて考え ています。

ccplus
再結晶化がコンセプトなのですね。
美しい響きが良いですね。
そして夢がありますね。

ファッションは、やはり夢がなくてはいけないと思います。

それでは、大変興味深い話が続いているのですが、長くなりましたので、次回に続きたいと思います。

次回は、DAN TOMIMATSUのこれからについてが、語られます。
お楽しみに!!

D A N T O M I M A T S U
http://www.dantomimatsu.com/

クリエイター・インタビューシリーズ

クリエイター・インタビュー第一回 DAN TOMIMATSU 富松暖
http://changefashion.net/blog/ccplus/2011/12/23231910.html

DAN TOMIMATSU インタビュー 第二部 イタリア編
http://changefashion.net/blog/ccplus/2011/12/25152709.html

DAN TOMIMATSU インタビュー 第三部 帰国編
http://changefashion.net/blog/ccplus/2012/01/19210940.html

クリエイターインタビュー第二回 TAKIZAWA NARUMI その1
http://changefashion.net/blog/ccplus/2012/03/31151012.html

1.22渋谷TPP反対デモと、それを潰す気象操作

みなさん、今朝のケミカルトレイル(気象改変用薬剤散布)見ましたか??

昨日のケムもかなりのものですが、今朝のは超弩級のケムトレイルでした。

無音のステルス機は、数が増えていて、2機並走してケミカル(化学物質)撒いてました。

さらに、反対側にも居ましたので、何機いるのやら?

え?ただの飛行機雲なんじゃないか?って??

えー、その他にもジェット飛行機を何機も確認しましたが、その飛行機から飛行機雲は出てませんでした。

ということは、今日は飛行機雲が出来るような気象条件では無かったということですね。

100%ケミカルトレイル確定です。

最近、世論を警戒してか、ケミカルトレイルを露骨にやらないようになっていたのですが、昨日 今日のは露骨です。
なりふり構わない感じなのです。

これは、よほど差し迫った事情があるに違いありません。

それは何でしょうか??

この状況は、3月18日の状況と良く似ています。
福島第一原発が爆発して放射能がバラまかれた3月15日から最初の雨降りそうだった日です。

もしかすると、福島第一原発4号基の状況が悪いのでは??
http://hibi-zakkan.sblo.jp/article/53140968.html

また放射性セシウムの量が増えているという情報がありますから、もしかして。。
またまた晴天作戦か??

では、各地の放射線量を見てみましょう。

東北地方太平洋沖地震 各地放射線量モニタリング情報
http://wiki.livedoor.jp/ok2222/

うーん、特に増えていないようです。

それに、晴天作戦にしては、朝から快晴だったにも関わらず、昼には雲が一帯に広がってきてしまいました!!

ということは、これはデモ潰しの可能性が高い。

では、週末にでかいデモをやるのでしょうか??

原発反対デモ日程別一覧
http://www47.atwiki.jp/demomatome/

あれれ、そうでもありませんね。

ということは、原発反対デモ潰しでは無いようです。

ということは、もしや。。

TPP反対デモか。。

ビンゴ!!

TPPを断固拒否するデモ
1 日前 … 1月22日(日)渋谷 【増税・TPP・原発に断固反対デモ 怒れ、国民!】実施します.
1月22日(日)渋谷
tpp-negative.seesaa.net/ –

1月22日(日)16:00から渋谷 宮下公園前だそうです。
14:00からは、原水禁による核燃料再処理反対デモもやるそうです。

それを潰すための気象操作=ケミカルトレイルですか、そうですか。

こんなに毎日晴れなのに、週末雨予報でおかしいと思ったんですよ。

天気予報では、今週から冬型が崩れるとか言ってたのに、なぜか超寒く、思いっきり冬型だったからおかしいと思ったんです。

週末雨(雪)ということが決まってたから、そういう風に言わないと辻褄が合わなかったのですね。

なるほど。。

天気図見たら、かつて見たことが無い天気図です。

yahoo天気予報の19日15時の天気図を見たら、日本付近には6つの低気圧があり、高気圧ゼロ

こんな自然はありません。

高気圧に覆われてるはずなのに、無理矢理雨雲作り出したから、こういう天気になるんでしょうね。

気象庁=ラングレー
もはや、疑いようが無いですね。。

福島第一原発が危ない情報も、おそらくガセでしょう。
福島原発の放射能値を上げるのは簡単です。

がれきを側に置いておけば、セシウムの量は上がりますからね。

福島第一由来のものであれば、放射性ヨウ素が上がるはずです。

福島第一が危ない情報を流して、雨が危ないと誘導すれば、誰もデモに出てこなくなりますから。

これは、情報操作の常套手段です。

ということで、皆さん、1月22日、渋谷 宮下公園でTPP反対デモです!
日本を奴隷にするTPPに反対しましょう!!

巨大地震と地下核実験の深い関係

明日は311のエマープの113 内閣改造だそうで、TPPやら何やらが懸念されますが、今日は地震の話。

昨年の米地震学会において、リックアスター教授らのまとめで、地震計の計測記録がある1900年以降の世界の M7以上の約1700の地震記録を分析した結果「1950年〜67年」と「2004年以降」は、M7以上の大地震・巨大地震が統計的に多い時期であることがわかった。そうなんですね。

まず、「1950年〜67年」ですが、
これは、朝鮮戦争が始まりベトナム戦争の間と重なります。
東西冷戦において、原爆や水爆の開発競争が起こり、地下核実験を盛んに行っていた時期と一致するということです。

メガトンクラスの地下核実験をすると、M7.0クラスの地震が起きますから、この時期に大地震が多いのは、地震活動が活発になっているからでは無く、通常の地震に加えて地下核実験を沢山やっていたからでしょう。

原爆・水爆の実験は、人の居ない太平洋の小さな島とかでやってたわけですが、その中から第五福竜丸の被爆事故のような事が起きて、被爆の危険性が世界中で叫ばれるようになり、核実験は地下でやるようになっていったのです。

ですから、この時期に大地震が多発するようになったのは必然だったでしょう。

1900年以降に起きた M9クラスの超巨大地震は、1952年(カムチャッカ半島沖、M9.0)
60年(チリ、M9.5)、64年(アラスカ、 M9.2)と

2004年(スマトラ島沖、M9.1)、10年(チリ、M8.8)、11年の東日本大震災(M9.0)などです。

中でも、カムチャッカとアラスカでM9以上の地震が起きている事に注目してください。

鋭い方なら、もうお分かりのように、カムチャッカはソ連、アラスカはアメリカの領土ですが、最も人口が少なく、大都市からも離れているので、隠れて地下核実験するのには、最適な場所だったわけです。
そこで巨大な地震が起きています。

そして、地下核実験が進むにつれて、段々地下核実験への風当たりが強くなってきたわけです。

で、どうしたか?というと、地震に見せかける地下核実験を研究して採用することになっていったようです。

これは、一つの爆発だと波形から核実験だということがバレバレなので、大小の爆薬を時間差でずらして起爆することにより、地震に見える自然な波形にしたということらしいです。

以下のサイトに判明している核実験の記録があります。

http://www10.plala.or.jp/antiatom/jp/Rcrd/Politics/j_45-98nt.html

1945年から1998年までの53年間で、判明しているだけで、アメリカ815回、ロシア496回、イギリス24回(アメリカで実施)、フランス160回、中国22回の地下核実験が行われているのだ。

これだけで1517回である。

しかも、これは、判明しているだけで、分らないようにやっていた地下核実験も多かったはずで、総数はもっと多いだろう。

そして、この地下核実験で、ほとんどの場合地震が起きているはずである。

しかし、私達は、地下核実験によって地震が起きていたという話は、地震学者から、ほとんど聞いたことが無いのが現実である。

長野県の松代には、旧日本帝国陸軍が作った大本営の跡地があり、戦後、その施設を利用して米軍が旧ソ連の核実験をモニタリングする施設を作っていたにも関わらず。。

唯一、マスコミがこぞって発表したのが、国民の皆様の仮想敵・北朝鮮の核実験によるものだ。

北朝鮮が行ったとされる核実験で起きた地震は、M4.2〜M4.8程度だったことは、様々な研究機関から発表され知られていることだ。

当ブログは、中国が傀儡の北朝鮮に核武装することを許すはずがない(北京に飛んでくるから危ないじゃないか)と思うので、北朝鮮の核実験は、偽装核実験=通常の爆弾を集めて爆発させただけだと思うが、少なくとも、北朝鮮が行ったとされる程度の小規模の核実験(もしくは通常の爆弾集めて爆破しただけ)でも、このくらいの地震が起きるということだ。

数メガトン級の地震を地下で爆発させると、M7以上の地震が起きることが分っている。
人工的に地震が起こせるのは、ごくごく当然のことなのだ。

で、こういう地下核実験を繰り返すと、これが地震兵器として使えるんじゃないか?という考え方が、当然出てきますよね。

そのための実験も行われていたのです。

実際に、当時の新聞には、原爆を使った人工地震の記事が掲載されています。

そして1977年には、実際に、環境改変技術 敵対的使用禁止条約が結ばれるわけです。

これが、地震と原爆・水爆実験についての経緯です。

では、2004年以降に頻発している巨大地震は、何が原因か?
ということが、問題になってきます。

米地震学会では2004年からとなっていますが、実際には2001年くらいから大きな地震が増加し、本格的に増加したのが2004年くらいのようです。

2000年以降、日本も世界も、大きな地震が、それまでの6〜7倍も起きているのです。
これが自然なはずがありません。。

で、2001年というのは、米国が911テロからテロとの闘いを始めた時期と重なるわけです。

そして、2003年のイラク戦争で、米軍は核兵器の実戦使用を視野に入れた作戦を行っているのです。

それと、2004年からの大地震の増加は関係無いのでしょうか??

1990年代以降の技術革新は、深海掘削技術を産み出しました。
海の底を深く掘る技術が発達したのです。

そのため、深海深くで核爆弾を爆発させることが現実的に可能になりました。

そして、深海掘削地点と大地震が起きた地点は、完全に重なります。

(掘削箇所)
http://www-odp.tamu.edu/sitemap/odpmap.gif

最近地震が起きた場所。
http://www.iris.edu/seismon/

比べてみれば、一目瞭然ですね。

環太平洋地域では、完全一致といって良いほどです

この現実を見て、人工的に地震が起こせるはずが無いというのは、ナンセンス極まりないですし、まして、反核運動をしている平和大好きの、核爆弾大嫌いな人達が、人工地震がカルトだと思い込むのは、本末転倒なのです。

巨大人工地震は、核爆弾なんです。
核は使えないから抑止力と言っていた時代は終わったのです。

地下で核を実際に使用する時代に突入したのです。
そのことを自覚しましょう。

それに反対しなくてどうする??

saisir by Akiko Iwata スペシャルプライス

今回のセールですが、特別にsaisirのアーカイブ限定商品(オールシーズン)をスペシャルプライスにて提供いたしております。

ヨウジヤマモトのパタンナー出身の岩田亜希子さんが作る服は、オリジナリティ溢れたパターンで、着ると美しいです!!

食べ物が食べてみなくては分らないように、服も着てみなくては分りません。
saisirの服は、着ると分る服だと思います。

この機会に是非ご利用くださいませ。

saisir
http://www.saisir-clothes.com/index.html

服の写真は、こちらからご覧いただけます。
http://www.saisir-clothes.com/collections.html

contemporary creation+

武蔵野市吉祥寺本町2-31-2-101
tel 0422-20-8101  open=12:30〜21:00 月+金=休 (祝日の場合は営業)

contemporary creation+SALE 2012 1月7日(土)〜1月22日(日)

昨年度中はお世話になりました。contemporary creation+です。
今年もよろしくお願いいたします。

昨年は、311地震、福島第一原発事故と、未曾有の災害に見舞われました。
こうして生きて、日常を暮らしていることが、本当に愛おしく思えます。

そして、こういう災害に遭遇して、様々考えることがありました。

今年は、なんとか希望を見いだすべく、頑張っていきたいと思います。

ささやかながら、1月7日(土)〜1月22日(日)まで、今年もセールを開催します。

当店は、希少品や、継続商品が多いので、全て安くなるわけではありませんが、安く出来るものに関しては、がんばりますので、是非、楽しんでいただければと思います。

ユーロで表示されているものに関しては、過去最低レートで換算いたします。
ただし、最近、日本円に直したものも多いです。ご了承くださいませ。

楽しんでいただきたいので、期間中、変なもの、掘り出し物なんかも随時、追加したいと思ってます。

よろしくお願いいたします。

こちらのブログに、店に置いてある商品が少し出ていますので参考まで。(紹介しきれないのも沢山ありますが。。)
http://guild3.exblog.jp/

contemporary creation+

#101 2-31-2 kichijyoji-honchyo musashino city tokyo japan  180-0004
tel / 0422-20-8101  
open 12:30-21:00
close : monday +friday(without holiday)

武蔵野市吉祥寺本町2-31-2-101
tel 0422-20-8101  open=12:30〜21:00 月+金=休 (祝日の場合は営業)

紅白見るより、これを見ましょう。

『年忘れ』っていうけどさ、私達は2011年を忘れちゃダメなんじゃないですかね??
『リメンバー311』です。

で、今こそ見たいビデオがあります。
紅白見てる場合じゃありません。

現実に起きていることが、分るビデオを紹介します。

初めて実行員が暴露した、アメリカの国際陰謀・工作秘史
http://www.youtube.com/watch?v=BhfCgO0ItY8

エコノミック・ヒットマンが語る恐るべき真実
http://www.youtube.com/watch?v=-sS71C6oa8A

元工作員の人が証言した、以上のビデオは、とても良くまとまっていて分りやすくオススメです。

以下は、以上のビデオに出てくるチャベス大統領の演説です。

最近、南米で非米連合が誕生したのですが、そのうちのベネズエラのチャベス大統領だけじゃなく、アルゼンチンとパラグアイとブラジルの大統領も癌になったらしいです。。

なんとか、生き抜いてもらいたいものです。

米国の東京大空襲(東京ホロコースト)に関する詳細な番組を使った筑紫哲也氏は、癌で亡くなりましたからね。

そして国立がんセンターは、米軍極東中央病院ですしね。。

狂った帝国主義 殺戮の歴史 ウゴ・チャベス
http://www.youtube.com/watch?v=3v1UsIIG-Io

抜粋

「さて、チョムスキーはその著書の中で、帝国主義の絶大な力が世界を脅かしていると言っています。

しかし、世界を救う事が出来るもうひとつの絶大な力が存在します。
世界の世論です。

しかし、それは真に自由な世論に限ります。
操作を受けていない自由な世論です。

私はこの世界の世論に大きな希望を抱いています。

だからこそ、世界を支配しようとする人々は、世界を騙すことに汲々としているのです。
そして、ほぼ常に、彼らはそれに成功するのです。

これは逆転した世界です。

ハイチの地震について
アメリカは被災国を軍事占領
http://www.youtube.com/watch?v=KXvKS2y2JyA

彼らはベネズエラでもそれをやろうとしました。
1999年です。

(注 ベネズエラは1999年、死者数万人にのぼる洪水と土砂災害に見舞われた。そしてアメリカ軍が援助のためにベネズエラにやってきた時のこと)

「どうかここに上陸しないでいただきたい」

そうですか。しかし、ここに「国防大臣が送ってきた声明があります」と大使は言いました。

実は、私の政府の国防大臣はーー最初に私のもとで国防大臣を務めた人物はーーC○Aの人間だったのです。

後になってそれを知りました。

ですから、両者の間にそういう協定があったのです。

中略

もう少し遅かったら彼らはすでに上陸していたでしょう。

皆さんは、チャベス大統領の話をどう思われたでしょうか?

極めてまっとうな事を言う人は、『テロリスト』ということにしないと、どこかの国や組織は、とても都合が悪いようです。

南アフリカのネルソン・マンデラ大統領のこともテロリスト指定してましたものね。。

我々にとって特に興味深いのが、ハイチの地震とベネズエラの洪水・土砂災害の時の話です。

これは、私達の国に起きていることと全く同じなのではないでしょうか?

ちなみに、チャベス大統領は、ハイチの地震を『人工地震』だと断言しています。

災害を理由に占領して自分達の都合の良いシステムを作っていく帝国の姿が、鮮明に現れてきます。

以下、読者の方に教えていただいたビデオが非常に良く出来ているので、紹介します。

日本の借金と増税の嘘のからくりが、とてもよくわかるビデオ

http://www.youtube.com/watch?v=9YZxWPSRVAg

http://www.youtube.com/watch?v=pIIhikWPZhk

http://www.youtube.com/watch?v=6vU3YpidSt0

TPPに関して、アメリカと経団連の戦略がよくわかるビデオ

http://www.youtube.com/watch?v=hlUDc28PHYc

http://www.youtube.com/watch?v=5lMae8SoOt4

映像として観るものではないので、例によってラジオ代わりに聞いてみるといいのではないかと思います。

以下は、遺伝子組み換え作物の件ですが、フランスのテレビ局が制作したモンサントについてのドキュメンタリー(日本語版)です。

とても分りやすく出来ているので、是非見てみてください。
よろしくお願いいたします。

巨大企業モンサントの世界戦略(前編) 遺伝子組換 バイオテクノロジ
http://www.youtube.com/watch?v=m4Ddh2v8u_w

巨大企業モンサントの世界戦略(後編) 遺伝子組換 バイオテクノロジ
http://www.youtube.com/watch?v=LqjPnL5Bajw

それでは、良いお年を!

contemporary creation+年末年始 営業のお知らせ

contemporary creation+年末年始 営業のお知らせ

年内の営業は29日(木)までは通常通り営業
30日(金)は休み 
31日(土)は17:00までの営業

年明け
1月1日(日)、2日(月)、3日(火)は、お休み
1月4日(水)から通常通り営業いたします。

よろしくお願いいたします。

contemporary creation+

武蔵野市吉祥寺本町2-31-2-101
tel 0422-20-8101  open=12:30〜21:00 月+金=休 (祝日の場合は営業)

DAN TOMIMATSU インタビュー 第二部 イタリア編

DAN TOMIMATSU インタビュー 第二部 イタリア編

dan
イタリアでの生活は、率直に言って失望から始まりました。
授業が歴史の話ばかりなんです。それが1ヶ月か2ヶ月続きました。

ccplus
失望ですか?でも、歴史は大切だと思いますよ。

dan
僕も今はそう思うのですが、当時は退屈だったんですね。
イタリアまで来て何をやってるんだろうと。。

ccplus
デザインの歴史の話は、どこからスタートするんですか?

dan
建築ではなく、デザイン、インダストリアルデザインとして、世界に名を知られるようになったのは、戦後からです。1930年代から息吹きのようなものはあったんですが。
フィアットとかオリベッティはここらへんから片鱗を見せ出します。1500とかMP1です。
ピニンファリーナも。

ccplus
オリベッティは、イタリアの企業なんですね。ナルホド。そういえば、グッチとコラボのオリベッティのタイプライターを友人から貰って持ってます。壊れていて使えないのですが、カッコイイです(笑)
フィアッ1500は、よく映画で見るやつですね。マフィアが乗っていたりする車。
ピニンファリーナは、僕も大好きです。

ところで、イタリアというと、ファシズムのデザインや、後の共産主義的・社会主義的デザイン、そして所謂『未来派』という流れがあると思うのですが、それらは、どう関連しているのでしょう??

dan
ファシズムとデザイン(イタリア合理主義建築や未来派芸術)は一時的にしろ、大衆性と革新等の同じ夢を見ていました(ここらへんはとてもややこしいです。。)トリエンナーレもこの頃から始まりました。
ファシズムっていうのは、基本的に社会主義からスタートしているんです。

ccplus
そういえば、ナチスも社会主義ですね。名前が『国家社会主義労働者党』ですものね。。

dan
ナチスもデザインの面では国家社会主義なので、すごく発達した部分もあったと思います。ポルシェとかワーゲン作ったりアウトバーン作ったり先進的でした。
ただ、他の面が良く無かったわけですけど。。

ccplus
国家で毒ガスやら兵器やら、様々開発して人殺しましたからね。
そういう運動は、自分達がやってることが正しいと思い込むところがやっかいです。
もっとも、ナチスやイタリアや日本だけでなく、共産主義のソ連や自由経済の連合国も、全く同じだったわけですよね。戦争って、そういうものです。
話を続けてください。

dan
一方で、戦後貧しい時代には、ファシズムに対抗するレジスタントとしての共産主義や社会主義思想の浸透からのデザインが始まり、映画『自転車泥棒』に出てくるようなアイテム 自転車とポスターデザインは、やはり発達したと聞いています。秘密警察とかから逃げたり、プロパガンダ用のポスターを籠に入れたり出来たりと生活必需品だったようです。

そのころのイタリアにはジオポンティ(DOMUSの創設者でもある)のような偉大な芸術家や、オリベッティのようなそれを形にする企業、発表する場所であるトリエンナーレや、それらをまとめあげるメディア『ドムス』が揃いつつありました。どこの國でもそうですが、これらの要素が揃わないと、大きなうねりを生む事は無い様な気がします。

ccplus
ファッションの世界で、マルタンマルジェラやアントワープ6などが盛り上がったのもまさにそれですよね。デザイナーの力だけじゃなくて、周辺が盛り上がった結果としてああなったわけですよね。
第二次大戦前のデザインは勉強しないのですか?

dan
授業としては戦後からはじまります。

戦後、焦土化した北イタリアに、住宅、生活用品を大量に規格化して制作する必要がありました。それを実現したのが、これらのデザイナーだったのです。
まず、皆が必要としている住宅をデザイナー達が提供したということがあります。
イタリアで、デザイナーが尊敬されているのは、これが理由な気もします。

そして、イタリアンデザインのモダニズムは、ここらへんから本格化しているように思います。
それまではあくまでクラフトマンシップにのっとた物作りでした。それが工業化されていきます。

で、イギリスの産業革命後の物作りにありがちな、美的ではない粗悪品が出回るようになります。
そこでおこなわれたQT8と呼ばれる都市計画もそうではないでしょうか。
当然ながらここらへんの建築家は社会主義思想の人が多いです。

そこから、それではまずいという人たちが出てきます。
内容は異なりますが、遅めのイタリアンアーツ&クラフト解釈のような運動が出て来ます。

そして手工芸に逆戻りするのではなく、工業製品の中にも美的な感覚を生み出して行きます。
ここらへんが一般的なイタリアンデザインの始まりではないでしょうか?

現在のフェラーリ等で有名なピニンファリーナが制作した車が象徴的です。
カーデザインがリードしていました。 同じ時期のヴェスパとかも綺麗です。

この波にのってスーパースターデザイナーが生まれてきます。
こういう勉強をしました

ccplus
イタリアも敗戦国なので、日本と同じで、焼け跡からモダンデザインが出てくるんですね、なるほど。。

dan
先生はまさにこの輝かしい時代を生で感じ取った人なんですけど、どこか郷愁にもにた感情を持ちながら語ります。「あぁ、良い時代だった」みたいな。

それ以降は50年代の黄金期以降、経済の悪化、学生運動やら労働運動等、不安定な社会に呼応するようにイタリアンデザインの抱える問題も表面化してきます。。。

疲弊した近代化からの脱却という意味で ここらへんから、ポストモダン的なデザインやアヴァンギャルドなデザイン、その後、反ポストモダンになりという表現だけをみるとややこしい世界になります。
そして低迷していきます。

故に、現在のイタリアンデザインについては、ほぼ語られる事はありませんでしたね。
デザインも堅実な物が多い様な気がします。
つい最近は何かもう少しポストなになに的な浮かれた感じがしますが、何なのかはわかりません。。

状況も変わっています。

イタリアンデザインの華やかさの象徴であるデパート『リナシェンテ』が買収される時代です。
たしか伊勢丹かタイの会社が持ってるはずですが。。。

もうイタリアンデザインというものはスタイルとしてはありますが、大衆の生活にも美を、という姿勢は薄れて来ていますね。ALLESI 高いですし笑
生え抜きではなく外国人デザイナーがディレクターとしてもてはやされる事も多いですしね。。

一方では、外国人にも平等にチャンスが与えられているという意味で懐は深いとも言えますが。

ccplus
イタリアは歴史がローマ時代から連綿とありますからね。
歴史が連続して積み重なっているので、現代のデザインが出てくるチャンスが少ないかもしれません。
トスカナ地方にあるシエナとか、街が本当に美しいですものね。
広場の傾斜の角度とか半端無く美しく完璧です。あれだけ完璧にデザインされた街に付け加えるものは無いんじゃないかと思ってしまいますよね。
日本は、その点、ダイナミックに変わっているので、現代のデザインが出てきやすいということもあるかもしれません。

dan
だから、デザインは、ほとんどミラノで発展していったようです。
ミラノは大戦でかなりの部分が焼け落ちてしまってますから。
ローマとかは、そういうのが無いですからね。

ccplus
日本もそうですよね。
やはり、復興とデザインというのがポイントになるかもしれません。
敗戦国のデザインと戦勝国のデザインの違いみたいなものを体系化して調べていったら、もしかすると、ものすごく面白いかもしれませんね。

でも、たとえば、イタリアでいえば、第二次大戦後の街は、体系的に建てられていき、日本の街は無秩序になっていったわけですよね。
それはなぜなんだろうと思いますが。

dan
domusでは、デザイナーを育てるというよりも『プロジェクティスタ』を育てようとしていました。
デザインというのは、『手技』で、デッサンに近い意味なんですけど、
『プロジェクティスタ』っていうのは、『プロジェクトを統括する人』という位置づけになるのです。

この『プロジェクトを統括する人』っていうのが、デザイナーという職業で、イタリアでは、ものすごく尊敬される立場なんです。

この『プロジェクティスタ』は、計画を立案して実行するのを統括する立場なので、資金も動かしますし、政治にも関わるわけです。
イタリアのデザイナーというのは、日本でいうデザイナーとかなり違うと思います。

喩えていうと、ミケランジェロとかレオナルド・ダ・ヴィンチみたいなものですね。超人みたいな感じです。

ccplus
それは、メディチ家の時代から延々と続いているのでしょうね。
日本の場合は、『プロジェクティスタ』みたいな人が、ほとんど居ないんですね。だからこういう状況になっているんだと思います。

dan
出る杭は打たれますますからね。日本は。。

ccplus
そうですね。苦笑
イタリアでは、どうやって『プロジェクティスタ』を育てているのですか??

dan
そうですね。産学協同というか、DOMUSは、在学中から企業の仕事を学生達が受けるんです。
プロジェクトチームを作って、企業から依頼されたデザインを行う。
プロジェクトリーダーはプロの人が一人入っているのですが、実質的にその人はほとんど何もしなくて、生徒達が、企業の要望に答えてやり取り出来るんです。
ヴーヴグリコとかモエエシャンドンのボトルデザインとかスワロフスキーのガラスデザインなんかもやりました。一流企業といきなり仕事が出来るのです。
もちろん、そのデザインが採用されることもありますし、採用されないこともあるのですが、企業はリサーチも兼ねているので、採用されなくてもリサーチ料が支払われる場合もあります。

DOMUSでは基本的に大広間にテーブル、それと小さなワークショップしかありませんでした。
全てのジャンル(建築、ファッション、プロダクト、インテリア)の研究生が、大広間にて入り乱れて勉強します。 各々のクラスの学生が何をしているのかが分かります。
そしてそこでは意見交換や、共同のプロジェクトが生まれたりします。

縦割りの授業体制ではなく、デザインというくくりの中で、クラス全体が関係出来ます。

校長は言いました。

「DOMUSはカクテルシェーカーのようなもの。箱でしかない。あとは、あなた達の化学反応なのだ」と。
生活空間全てを統括して設計して行くイタリアンデザインの特徴が現れています

ccplus
それは素晴らしい制度ですね!
日本もどんどんやってもらいたいですね。

dan
本当にそう思います。
向こうの企業の責任者と直接やり取りが出来るので、コネも出来ますし、やり方も憶えてるので、DOMUSを出た人は、まず、就職するのではなく、デザイナーとして直接企業とやり取りしようとします。
ほとんどの人が、そうしますね。

ccplus
暖さんは、人に会う行動力が凄いなあと思って見ていたのですが、基本的に会いたいと思っている人、見てもらいたい人に直接話をもっていきますよね?

dan
基本的に、こちらが会いたい人に直接持っていけば良いと思うんです。
欧州だと、権限を持った人に話を持って行くと、すんなり話が決まります。

たとえば、こちらが作品を見せるために欧州の大企業のデザインを統括している
立場の人に会いたいと言うと、取り次いでくれる人が居るのですが、
ミラノサローネのどこどこに何時という感じで、担当の人が作品を見てくれたりします。

そこでは、誰が持って来たかより、何を持って来ていて、それがどのように企業に貢献する材料なのかを見定めようとします。

そして、その立場の人が、美についてきちんと理解してくれているんです。
デザインとかアートに対して、きちんと勉強していて、見る眼も肥えていて、きちんと判断してくれるのです。それは、デザイナーとして、とてもやりやすいです。

もちろん、そこから製品化となると、道のりは厳しいのですが。

一方、日本のある大企業にもアポイントを取ったのですが、担当の人は、作品も見ずに、「経歴書とポートフォリオありますか?」と聞かれました。そこに作品を持参しているのにです。

目の前にある作品やアイデアではなく、履歴書の方が大事みたいなんです。

ccplus
そうなんですよね、そこが大問題なんですね。
日本では、作品そのものよりカタログや資料と言われますし。。広告代理店やメディアとタイアップして露出した仕事をしてるから採用とかそんな感じでしょう?
もしくは、こういうのが流行ってるんですとコーディネーターとか広告代理店的な人に言われて、じゃあ、それでいきましょう。みたいな感じです。

向こうは話が早いですよね。
日本だと、まず持ち帰って会議にかけると言われてしまいますが。。

dan
それが面倒なので、現在でもイタリアを発表の場に選んでいるということはあります。
イタリアで学んだことは、とりあえず皆、自分の力で生きていくことを考えるし、実際自分の力で生きていくことが出来る。それをデザイナーが皆実践してるということです。

DOMUSでは、デザイナーが集まるサロンのようなカフェがあるんです。そこに行くと色々なプロジェクトが進行している。そして、欧州のどこの展示会場に行っても、やっぱりそういう仲間達が居る。

そういう環境に皆が居るんです。

それは、とても大きいと思います。
仕事がしやすいですし。

向こうは、いろいろなパーティーとかカフェとか、そういうところで、仕事の話が進んでいく場合が多いです。

ccplus
日本だと、会社の仕事が急がし過ぎたり、会社の後の時間が、愚痴を言う場だったりしますからね。そういう非公式的でクリエイティブ場がなかなか無いですからね。

dan
もっとそういう場が必要だと思います。
それに、日本は、とりあえず就職するじゃないですか?企業の傘下のデザイナーになろうとする。

ccplus
日本のデザイナーって、ほとんどが下請けみたいな感じになってしまっているんですよね。
やたらデザイナーがいっぱい居たりして。

dan
少なくとも、イタリアでは、デザイナーは、人々から尊敬されます。
デザイナーは、尊敬される職業なんです。
私がデザイナーです。と言うと、工場の人やスタッフの人は、必ず一目置いてくれますね。
街の人の理解も違います。

ccplus
日本もそうなってほしいです。
それには、美とかデザインの根本を理解して他人に伝える説得力がないとダメですよね。
それと、クライアントが理解してくらないとダメだし。。向こうは、それがあるんですよね。
その辺りが難しいところではありますが。。

イタリアで一番学んだのは何ですか?

dan
欧州で一番学んだのは、プレゼンテーション力もありますけど、社交力ですね。

ccplus
暖さんは、交友範囲の広さとか友達の多さに驚かされるのですが、昔から社交的だったのですか?
それとも、欧州に行ってから??

dan
昔からな気がします。
人とコミュニケーションすることが好きなんです。コミュニケーションするためにデザインしているといっても良いくらいなんです。

ccplus
ミラノサローネに出展されているそうですが、ミラノサローネについて、聞かせていただけませんか??

dan
ミラノでは、ミラノサローネという大規模なデザインイベントがあって、そこで出展させていただいているのですが、そのイベントをやっている時は、街中がお祭り騒ぎなんです。
デザインそのものを祝福してるような感じです。街のあちこちで様々なイベントが開かれています。

ミラノサローネの外側ではfuoriサローネという、ミラノサローネには入りきれなくなった若手のデザイナー達がシャッターの下りた商店とかをその時だけ借りて展示していたりします。その雰囲気が好きなんです。

そして、fuoriサローネがマンネリ化してくると、更にその外側でfuori fuoriサローネっていうイベントをやっていたりします。
どんどん面白いことをやろうとしている人達が更新されていくのです。

ccplus
なるほど、パリコレの時にマレの外側からオベルカンフとかの周縁で若手が発表しているのと同じですね。

dan
そうですね、そういうことを日本でもやっていきたいという風に思います。

ccplus
是非やってください。協力しますので!

dan
2009年にイタリアの大学院domusは卒業したのですが、そういうこともあって、日本に帰ろうと思いました。
でも、発表は欧州でもやろうと思ったのです。

第三部帰国編につづく

帰国編は、さらに面白くなりますので、ご期待ください。

クリエイター・インタビュー第一回 DAN TOMIMATSU 富松暖
http://changefashion.net/blog/ccplus/2011/12/23231910.html

DAN TOMIMATSU インタビュー 第二部 イタリア編
http://changefashion.net/blog/ccplus/2011/12/25152709.html

DAN TOMIMATSU インタビュー 第三部 帰国編
http://changefashion.net/blog/ccplus/2012/01/19210940.html

クリエイターインタビューシリーズ

クリエイターインタビュー第二回 TAKIZAWA NARUMI その1
http://changefashion.net/blog/ccplus/2012/03/31151012.html

クリエイター・インタビュー第一回 DAN TOMIMATSU 富松暖

クリエイター・インタビュー第一回は、DAN TOMIMATSU

デザイナーのインタビューを始めようと思った時、第一回は、富松暖氏にしようと思った。

なぜ富松暖氏にしようと思ったのか?というと、プロダクトデザインの立場からファッションを見ることが出来ると思ったからだ。

現在、ファッションの世界は、大きな問題を抱え込んでいるように見える。

この状況を突破する為に、まず、ファッション100%では無い人の話から始めたいと思う。
ファッションを別の角度で見てみる必要があると思うのだ。

インタビューは、かれこれ10時間以上行われており、現在なお継続中である。
そして、現在、まとめ中だ。
それなので、数回に分けたロングインタビューになります。

このインタビューは、これからのデザインに、一筋の光を見いだすことが出来れば良いなという風に思います。

以下本文

富松暖 以下dan
インタビュイー:contemporary creation+ 以下ccplus

ccplus
本日は、ありがとうございます。
えーと、まず、暖さんは、たしかお父さんが彫刻家で、お母さんがテキスタイル・デザイナーなんですよね?
そういう家庭で育つと、なんか服のデザイナーになりそうだなという気がするのですが、ファッションデザイナーになる気は無かったのですか?

dan
こちらこそ、ありがとうございます。
実は、卒業制作は服だったのです。
なので、今でもファッションへの憧れはあります。

父が木で彫刻を作っているんですよ。それで、木材調達のために東京から奈良へ引っ越したのです。
「子供は大自然の中で育つべき」という父の教育方針もありました。

ボーイスカウトとか、カヌーをやらされたりとかしたのですが、嫌で、引きこもっていました。笑
それでも、モトクロスをやらされて、あげく大怪我をして、余計に引きこもりになりました。
奈良の田舎で、『ファッション通信』を見るのが楽しみな、そんな子供でした。

ccplus
奈良にはいつからいつまで居たのですか?

dan
小学生から中学生までです。
母は東京の人だったので、田舎の生活に戸惑っていたのですが、テキスタイルデザイナーなので、草木染めに転向しました。
それで、野山で草木を採集してストールとか布を染め上げて作品を作り、発表は東京なので、たまに東京へ行くという暮らしをしていました。

ccplus
暖さんは作風が都会的ですけど、意外と自然の中で育っていて、しかもルーツがものすごく自然なのですね。
そういえば、いろいろな作品やロゴとかの表現に自然の秩序の移し替えみたいな、そういうものを常に観察していた人じゃないと出来ないような、本質的な美しさを感じます

dan
ありがとうございます。
自分では、全然気付かないのですが、もしかしたらそうなのかもしれません。
父の教育のおかげだったのかもしれません。

ccplus
高校からはどうされたのですか?

dan
高校は大阪の高校に行きました。
奈良から40分くらいで大阪に行けるのです。
大阪は美術の予備校もあったので。
京都市立芸術大学を目指して勉強していたんです。
ところが、母が病気で倒れまして、東京にしか病院が無いということで、東京に戻ってきました。

ccplus
お母様はどうされたのですか?

dan
亡くなりました。
癌だったのです。
ものすごくショックを受けました。
父などは、名前を変えました。
母の名前がルミというのですが、父は、ミキオで、母の名前のルミを自分の名前の中に入れてルミキという名前に本当に変えたのです。
母が死んでから、ずっと毎日母の分もご飯を必ず作っています。

ccplus
奥さんの名前と自分の名前を一体化するっていうのは初めて聞きました。よほど愛していらしたのでしょうね。

dan
そうですね、でも逆に心配になります。再婚した方が良いのではないか?とか。

(その後のDAN TOMIMATSUの作品は、彼のお母さんが亡くなったことに対する影響が色濃く見てとれるようになる。失われた幸福への回帰や、現在あるものの永続性に対する願望などが、作品になって繰り返し現れてくる。もちろん、それが彼の作品の魅力になっていることは間違いないと思う。編集注)

ccplus
卒業制作は服だったんですね。
たしか出身は、多摩美の造形ですよね?

dan
そうです。多摩美術大学の造形表現学部というところです。
その前に立美って立川美術学校という予備校に行ってました。
ほとんど勉強しなくて、いつもカフェとかでうろうろしてました。
落ちこぼれだったんです。

ccplus
落ちこぼれだったとは、現在のコンセプチュアルで頭良さそうなデザインからは想像出来ませんね。
なぜ落ちこぼれだったんですか?

dan
いつもデッサンばかりやっていて、意味が分らなかったんです。デザインを勉強しに来てるのに、なぜデッサンばかりなのか?それが分らなかったんです。
現在は、分るんですけど。
デッサンは、ものの見方を養うために必要なんです。
じっとものを見て、描いていると、ディテールとか陰影とか色々なものに気付くのです。
それをやった人とやらなかった人は、デザインが全く違うようになると思います。
今では、やって良かったなという風に思います。

ccplus
デザイナーとかアーティストもそうですけど、『人が見えないものが見えてくる能力』っていうのが必要ですよね。どれだけ見えてくるのかが重要だと思います。

ファッションデザイナーになろうとは思わなかったのですか?

dan
高校生の頃はファッション大好きでしたので、考えました。
でも、ファションをやるとしても、直ぐにファッションの専門学校に行くというのがピンと来なくて、まずデザインの勉強をしようと思ったんです。
デザインとは何なのか?を学ばないといけないと思いました。

多摩美では、デザインとはコミュニケーションだということを しきりに言われました。

ccplus
うちの店もcontemporary creation+communication development 現代の創造とコミュニケーションの発展 という名前が付いてまして、まさにそれです 笑

dan
もう一つは、デザインの歴史とか基礎みたいなものを学びたかったということがあります。
プロダクトデザインは、産業革命があって、アーツ&クラフト運動があって、バウハウスがあってという流れが基礎にありますよね。

ccplus
ファッションの世界は、それがなかなか見えて来ないですよね。
ココ・シャネルやイヴ・サンローランについて語る人は居ても、産業革命について語る人は、ほとんど聞いたことがありません。
ファッションこそが産業革命を作ったのにです。
これは、大変おかしいという風に思います。

dan
僕もその辺りを考えたかったんです。

ccplus
産業革命が起こしたファッションへの渇望が、女工哀史のような、劣悪な労働環境を産み出したわけですし、それが、手仕事による、用の美をもたらすアーツ&クラフツ運動を産み出したわけですよね。
この辺、話し出すと長くなりますので、ここは端折りますが。。
それで、どうしたんですか?

dan
多摩美の3年生の時に、服を卒業制作で作ろうと決めて、多摩美に行きながら伊藤衣服研究所というところに服を勉強しに行きました。

ccplus
ファッションの勉強もしているんですね。
卒業制作は、どういうものを作ったんですか?

dan
『ポートレート・クローズ=肖像服』っていうタイトルで、人の身体を石膏で型取りして、カタチを作りました。

プロダクトデザインを勉強していたので、プロダクトデザインって、『問題解決』だという風に多摩美では言われていたんですよ。
後にイタリアに行って、必ずしもそういうアプローチだけでは無いことに気付くのですけど、当時はそういう風に思っていました。

問題を解決するために、取手の部分のカタチがどうなるとか、そういう風に出来ていくのです。
それを服に当てはめてみたのです。

では、そもそも服とは何なのか?
なんで、人間はこんなに体毛が薄いのか?
それは、毛皮を着ていたからに違い無い。
毛皮を着ていたから、結果的に体毛が薄くなって、服を着ざるを得なくなった。
結果的に服が必需品になっていったと思うんです。

それから、社会的な地位とかシンボルとか色々なものが付加されるわけですけど、基本はそうですよね。

もう一つ、毛皮を着なかった人達が居て、その人達の服って『入れ墨』になっていくんです。服が必要無くって、呪術的な意味が残っていったんです。
物理的には毛皮で精神的には入れ墨なのかなと。

ccplus
そうですよね。あと、アフリカとかの人は、日射しを避けるために赤土を皮膚に塗ったりしますよね。物理的には、赤土系と毛皮系が居たと思います。
赤土系の人達が入れ墨になっていったんじゃないか?
あと、狩猟系の人達は、狩った獣の毛皮を着ることで擬態し、獲物を獲得することが出来たり、洪水や津波みたいな災害にあった時に、毛皮を着てた人達だけが生き残って、毛が薄い人達ばかりになっていったのではないかと思います。
あと、海に潜った人も居たはずですが。。(余談)

dan
そう思います。
それが段々社会的なイメージの操作の対象になっていったというか
イメージを取り替えるための服になっていった。

では、破壊されないイメージとしての服って何んだろうと思ったんです。

服のイメージってあるじゃないですか。あれはシルエットだと思うんです。
で、服を機能として突き詰めていくと、義肢になっていくと思うのです。
義肢って義手とか義足とかの義肢です。

人間の身体の一部としての服が義肢です。
それで、義肢としての服を作りました。

石膏で型取りした腕の部分をシャツと組み合わせて、その人自体のシルエット=イメージをシャツに反映されるという作品でした。

それで、人間には、誰かになりたいという願望があると思うんです。
身の回りに居る人の誰かになってみたいというようなイメージ、手本とする人に憧れるみたいな。

それと同時に、人間には、欠損したものを補う役割として衣服があると思うんです。
それは、毛皮を着ていたから体毛が薄くなっていて、逆に寒くなったら、服が必要みたいな、物理的な欠損を補う部分と、理想的なイメージの自分に到達するために、自分に足りない部分を服に求める精神的な欠損を補う部分があるように思えます。

呪術的な部分ですよね。
それを誰かのイメージ=義肢を着ることで表現しようとしました。

これは、アンチモード=プロダクトデザインの領域から服を考えたのですが、ただ、人間のどの部分を反映させるのか?自分が選んでいる時点で、やはり、イメージを選んでいる=モードになってしまったなという風に思いました。

ccplus
ほとんどコンセプチュアルアートの世界ですね。
元々、衣服の誕生は、狩った獲物の毛皮を身に纏って狩猟をしたことなんですね。『違う何かに変身したいという願望』は、ですから、人間が根源的に持っている、人間が人間である、そして衣服が衣服である根源の部分だという風に思います。

卒業してから直ぐイタリアへ行ったんですか?

dan
いいえ、イタリアの大学も試験が英語なんです。それでまず、イギリスのブリストルというところの語学学校に行きました。
1年くらい居ました。
イギリスのRCAかセントマーティンか、イタリアのDOMUSを受けようと思って。
最初にDOMUSアカデミーに受かってしまったので、イタリアに行くことにしました。
キャロル・クリスチャン・ポエルっていうファッションデザイナーが好きだったんです。彼がDOMUSだったので。
実は、キャロル・クリスチャン・ポエルのアトリエの数件隣りに住んでました。DOMUSの直ぐ近くなんです。

ccplus
僕もキャロルのコート愛用してますので、羨ましいですね。
ところで、イギリスでの生活では何かを得ましたか?

dan
イギリスは試験勉強していたので、あまり得るものは無かったです。
奴隷の部屋に住んでいたんです。地下にあるんですけど、だだ広くて。

ccplus
やはり、イギリスはそうなんですか?

dan
イギリス全部がそうというわけではなくって、たまたま住んでいたところがそうだったのかもしれませんけど。

ブリストルは奴隷貿易で栄えた街だったというのがあります。

ホワイトレディスロードとか
ブラックボーイストリートとか、
奴隷記念館とかもありました。

奴隷の部屋は地下と屋上と責められた時、家事の時にもっとも逃げづらい部屋に決まっていました。

ccplus

そうなんですね。

アントワープとかだと、気に入られると、どこでも500ユーロで貸してくれるらしいですけどね。アーティスト支援で。
ビル一棟借りて500ユーロっていう話も聞きました。
では、イタリアの話を聞きましょうか。

つづく
次回 第二部 イタリア編 (大変面白いですので、お楽しみに!)

クリエイター・インタビュー第一回 DAN TOMIMATSU 富松暖
http://changefashion.net/blog/ccplus/2011/12/23231910.html

DAN TOMIMATSU インタビュー 第二部 イタリア編
http://changefashion.net/blog/ccplus/2011/12/25152709.html

DAN TOMIMATSU インタビュー 第三部 帰国編
http://changefashion.net/blog/ccplus/2012/01/19210940.html

クリエイターインタビューシリーズ

クリエイターインタビュー第二回 TAKIZAWA NARUMI その1
http://changefashion.net/blog/ccplus/2012/03/31151012.html

contemporary creation+ Art Christmas

contemporary creation+ Art Christmas

2011.12.23fri , 12.24sat

地震や原発被害など、未曾有の災害が起きた2011年の日本。

そんな今年も残りあとわずか。

contemporary creation+では、人々の笑顔を取り戻すこと
出来ることをやること。

悪いことから良いことへ、少しでも流れを変えるべく

contemporary creation+ Art Christmasを開催します。

通常の商品に加え、
様々なアーティストが、クリスマスから新年に相応しい作品を発表&発売

大切な人へのプレゼント、自分へのご褒美 目の保養 等々

工夫をこらしたアートや作品をお楽しみください。

期間中、お茶やお菓子、ワインなど、様々出てくると思います。
特に23日の夜は、パーティーになります。

参加アーティストも、お店に来たりしますので、是非遊びに来てください。

そして、お買い上げの方には、contemporary creation+ から お得なプレゼントがあります。
もちろん、ギフトラッピングも無料でやりますので、よろしくお願いいたします。

参加アーティスト・デザイナー

□DAN TOMIMATSU
アクセサリー・プロダクトデザイナー
http://www.dantomimatsu.com/

ラバーバンドに新シリーズ追加(予定)
RE CRYSTAL RINGも オーダー受け付け

□小浜はるみ / Harumi Obama
写真家 / photoglapher
http://www1.parkcity.ne.jp/obama/

2012新作カレンダー&撮り下ろしオリジナルプリント発表
http://casavouta.exblog.jp/

editor in chief mapmagazine
http://www1.parkcity.ne.jp/magazine/

□aiko szki
アクセサリーデザイナー
http://aikoszki.web.fc2.com/

新作ガマグチネックレス発売

Gamaguchi Necklace
http://aikoszki.web.fc2.com/accesory.html

□Miho Tanaka
デザイナー
homepage see you soon

merciシリーズと新作リメイクの服を発売

オートクチュール・ウェディングドレス オーダー受け付け開始

等々 様々行います。

よろしくお願いいたします。

contemporary creation+
contemporary creation+communication development
http://www1.parkcity.ne.jp/ccplus/

#101 2-31-2 kichijyoji-honchyo musashino city tokyo japan  180-0004
tel / 0422-20-8101  
open 12:30-21:00
close : monday +friday(without holiday)

武蔵野市吉祥寺本町2-31-2-101
tel 0422-20-8101  open=12:30〜21:00 月+金=休 (祝日の場合は営業)

福島第一原発冷温停止発表の影で起きていたこと

サッカー記事のつもりでしたが、柏負けてしまったので、後にします。
本日は重要なニュースがあるのでまとめです。

福島第一原発が冷温停止だそうで、本当なら目出たいところなのですが、そうでもなさそうです。

というのも、金曜日の午後に発表するのは、権力に都合が悪い情報というのがセオリー。
それは、土曜日の朝刊が一番読む確率が低いからなんですが、福島第一原発冷温停止の発表は、なぜかそのセオリー通りの金曜の午後。

政権に有利な良い情報なはずなのに、おかしいですね。

で、なぜここで発表されたのか?考えてみますと。。

他に、ものすごく権力側に都合が悪い出来事があって、それを吹き飛ばすためだと考えると辻褄が合いますね。そうですね。

では、その権力に都合が悪い出来事とは何でしょうか??

小沢一郎裁判における前田元検事の陳述ですね。

以下引用 ゲンダイ

<この国の検察、警察はデッチ上げで犯罪、犯人を捏造している>

「私が裁判官なら(小沢)無罪と判決を書く」とまで言い放ったのだ。

以下全文は
http://gendai.net/articles/view/syakai/134259

これですね。

そもそも、なぜ小沢一郎の秘書が逮捕されたのか?というと、千葉県知事選のためだったんですね。

権力側というのは、所謂『ラングレー』の手羽先のことですが、千葉県知事が革新勢力だとまずいことがあったんです。
なので、千葉県知事を手羽先の森田健作(偽名)にしたかった。(本名じゃ無くても国会議員や知事に立候補出来るんですよ、この国は。。おかしいと思いませんか??鉛筆書きなのもね。。)

なので、民主党の人気を落とす必要があった。
それで、当時民主党の代表だった小沢一郎の秘書を逮捕したわけです。

この事件で民主党の人気はがた落ちし、結果として森田健作が千葉県知事になるわけです。

森田健作は、当時、自民党の幹部であったにも関わらず、そのことを隠し、無所属として立候補していました。

その後、結果として千葉県を地盤とした野田首相が誕生したというわけです。

そりゃ、都合悪いですよね。

ちなみに、小沢一郎が冤罪だから、小沢が正義で、小沢が日本を立て直すと信じている小沢信者さんが、ここのところやけに増えたのですが、現在はどうか知らないけれど、元々小沢さんも『ラングレー』エージェントですよ。

そもそも、小沢一郎の『日本改造計画』に序文を書いているのは、『ラングレー』を作ったスタンダード石油の本家の人ですよ。(現在のトップが分家のデビッドさんなだけ)

『ノリエガ』『パナマ』『池田』でググルと色々出てきます。

2大政党制というのは、イギリスやアメリカを見れば分るように、一部の超権力者に都合が良いシステムなんです。
両方にエージェントを送っておけば良いわけですから。

彼らは、そのシステムをオザワンに作らせたわけです。

それから時間が経って、あれこれ起きたわけですが。

郵政民営化反対選挙の後、民主党には、少なくとも、当時の自民党よりも我々一般市民に近い人が居たので、そういう人達に権力を握らせない仕組みが、超権力者達には必要だったんです。

で、オザワンのような核武装の独立勢力を援助して、日本の核武装に必要な『もんじゅ』を動かさせて、それを止めるために、別の勢力を動かして、事件や事故を起こしつつ、結果として左派をパージして、さらにエネルギーや武器を売り込み、もっとも自分達の都合の良い展開にしているということなんじゃないかと思います。

松本サリン事件=阪神淡路大震災=地下鉄サリン事件=もんじゅ爆発の時も、311地震=福島第一原発事故の時も、全く同じように進んでいます。

おそらく、第二次世界大戦の時も。。

それが分らないと、たぶん一生日本の政治が理解出来ないと思います。

東京地検特捜部というのは、元々日本がアメリカに占領された時に、占領軍GSの側から『ラングレー』の側に権力が移行する時があったわけですが、GS側の勢力を追い落とすために『昭和電工疑獄事件』という事件が作られたわけです。
その事件のために作られた組織が、東京地検特捜部というわけです。

だから、そもそも東京地検特捜部というのは、『ラングレー』の機関なんですね。

ちなみに、昭和電工疑獄事件後に昭和電工の社長に就任したのは、日野原節三といいまして、地下鉄サリン事件でほとんどの患者が運び込まれることになる元米軍極東中央病院の院長と同じ名前の人なんですね。

米軍極東中央病院の日野原重明さんは、偶然にも、日本赤軍の『よど号』事件の人質だったりしたわけですよ。

で、そもそも小沢一郎の秘書を逮捕した郵政不正事件で証拠を捏造したのがバレて捕まった大坪弘道検事は、福島第一原発のプルサーマル計画に反対して国策逮捕された佐藤栄佐久知事や、地下鉄サリン事件のサリンを作ったとされる土屋正実死刑囚の供述を取った人物なんですね。

ご存知のように、福島第一原発のプルサーマルが動いていなかったら、今回の誰かさん達の作戦は不可能だったわけです。
というのも、プルサーマルというのは、プルトニウムを使っているので、核爆弾を使っても、原発が爆発しちゃったら、分らなくなるからです。

土屋正実死刑囚が言っていたのは、「自分は実験でサリンを作ったけど、地下鉄サリン事件で使われたサリンは、自分が作ったサリンじゃ無い」ということでした。「自分が作ったサリンは、製造過程で不純物が必ず出てくるはずだが、地下鉄サリン事件の時には、その不純物が出てきていない」と言ってたんです。

なぜか、クスリでアッパラパーにされてしまったのか、その辺りは有耶無耶にされ、そのまま死刑判決になってましたけど。

松本サリン事件では、オウム信者の人達がマスクも防護服も付けずに、ワークと称してサリンを撒いたそうなんですが、誰もサリン中毒になって無いわけです。
そんなんでサリン撒いたら、即死です。

しかも、信者がサリン撒く前から複数の人が中毒症状を訴えていたわけです。

もちろん、現場では宇宙服みたいなものを着た人の目撃談やらがいろいろあるのですが、裁判の短縮のためと称して、それらの人が証言台に立つことはありませんでした。

その影で、河野義之さん冤罪だけが騒がれたわけです。

松本智津夫裁判の安田弁護士も、地下鉄サリン事件における秘密を検証しようとして別件逮捕されました。
あきらかにでっちあげなので、1審で無罪判決が出ていたにも関わらず、12月8日のリメンバーパールハーバーの日に有罪が確定してしまいました。

で、オウムというのは、1月17日の阪神淡路大震災が起きるのを知っていたとか、人工地震を研究していたとか、色々興味深いんですが、そういう勢力に情報をリークされて操られていたんでしょうね。

オウム事件で死刑が確定したのは13人。

なぜ13人だか分りますか?

キリストと12人の弟子っていう意味なんです。

偽メシアが現れるっていう、誰かさん達の予言通りっていうわけです。
そういうことを日本の裁判所が現実にやっているんです。

で、もちろん、死刑が確定すると、死刑したことにして、エージェントの人達は釈放されるのでしょう。

東京拘置所は、GHQが作った巣鴨プリズンですからね。

というか、そもそも、特定の日以外は、拘置所の中には居ないんじゃないかと思いますけどね、工作員の人達は。。

ちなみに、オウムの宗教法人を認可したのは鈴木俊一都知事ですが、この人は、オウムの村井が刺された前日に都知事を引退しています。

そして、鈴木俊一都知事は、水曜会といって、『ラングレー』に支援された岸信介政権の内閣の要である内閣官房副長官だったのです。

つまり、エージェントだったということです。

さらに言えば、昭和電工疑獄事件で逮捕された人の中からも、ラングレーのエージェントが多数出てくるわけです。

たとえば、民社党を作った西尾末広もそうです。
民社党というのは、GSの側である社会党を分裂させるためにラングレーが資金援助して作った政党であることが、アメリカの公式資料から判明しています。

民社党というのは、日本に原発作らせる目的もあったので、原発利権でもありました。

旧民社党=民社協会の人は、民主党の中にも沢山居ますが、要所要所の国家公安委員長ですとか、防衛大臣ですとか、法務大臣、文部科学大臣というのは、この旧民社党の人脈が出てくるわけです。

松本サリン事件の時もそうですし、311地震の時もそうです。

怪しい事件が起きた地元の政治家は、民社協会がものすごく多いです。

ちなみに、現在は、減税の側に立とうとしているようですが。。
また、いろいろ作戦があるのでしょう。

このように、私達一般市民をうまく誤摩化して、上手く誘導して権力機構というのは維持されているのです。
知れば知るほど巧妙に出来ています。

それでは、本日はこの辺で

なかなか書けませんが、服やデザインの話なども、近々やりたいです

FIFAクラブワールドカップ 柏レイソル対モンテレイ 試合分析

contemporary creation+恒例のサッカー分析が、changefashionにも登場です。
以下試合のレポ

サッカークラブワールドカップは準々決勝
開催地枠で出場し、オセアニア王者を下した柏と北中米カリブ海王者のメキシコ・モンテレイが対決。

面白かったですねえ。この試合。
最後までワクワクドキドキでした!

12月11日(日)19:30 / 会場:豊田スタジアム

柏レイソル1−1モンテレイ(メキシコ)
 PK戦 4−3

得点者
レアンドロ・ドミンゲス(後半8分)
スアソ(後半13分)

GK: 21 菅野孝憲
DF: 3 近藤直也
  4 酒井宏樹
  5 増嶋竜也
  22 橋本和
MF: 7 大谷秀和
  10 レアンドロ・ドミンゲス
  15 ジョルジ・ワグネル
  18 田中順也
  28 栗澤僚一
FW: 19 工藤壮人
  → 11 林陵平(延長後半0分)

昨年J2を圧倒的な成績で制した柏。
開幕戦をテレビで見たのだが、そのちゃんとしたサッカーに驚きました。

結局、J2,J1を連覇し、クラブワールドカップへの出場を決めた。
クラブワールドカップでは、開幕戦のオークランドシティを前半の2−0から後半押し込まれたものの、ゴールキーパー菅野の圧倒的なファインセーブでピンチをしのぎ、準々決勝へ。

対戦相手は、北中米カリブ海王者のメキシコ・モンテレイ。

その先発メンバーを見てみると。。

GK: 1 オロスコ
DF: 4 オソリオ
  5 チャベス
  → 20 アジョビ(延長前半0分)
  15 バサンタ
  21 ミエル
MF: 8 L・ペレス
  17 サバラ
  18 カルドーソ
  → 24 S・ペレス(延長前半11分)
FW: 11 サンターナ
  → 9 デニグリス(延長前半7分)
  19 デルガド
  26 スアソ

ワールドカップ南米予選の得点王チリのスアソを始めとして、アルゼンチン代表のデルガドやカルドソなど凄い選手がいっぱい居ます。

なんでメキシコリーグでやっているのかいな??という感じ。

それは、実は柏のブラジル人2人もそうで、ジョルジュ・ワグネルとレアンドロ・ドミンゲス、この二人はもの凄く良い選手です。

今までのJリーガーの中でもトップクラスの選手だと思います。

果たして、来年、この2人は柏に残っているのでしょうか??
活躍すればするほど、可能性が低くなっていくような。。

さて試合は、序盤から圧倒的なモンテレイペース。
うわ、こりゃ強い。
パスが早いし、動きがクイックで、柏のディフェンス陣ついていけません。
ヤバいですね。
しかし、なんとか身体をはってセーブ。
菅野ががんばる。
ポストに当たる。

かろうじて点が入らない。

そうこうしているうちに、エースのスアソが足を傷めたもよう。

これが、結果的に柏に味方しましたね。
あのままスアソが無傷だったらヤバかった。

柏のやり方は、典型的なブラジル式の4−4−2
この4−4−2は、中央の四角形=センターバックとボランチの2人がユニットで守り、サイドの2人はどちらかというと攻撃よりです。

このシステムの弱点は、サイドの攻防で敗れると、サイドが守備に引きずられてしまい、押し込まれてしまうこと。

そして、柏の生命線はブラジルの2人。この2人を抑えるためには、サイドバックの裏を狙って、彼らに守備をやらせて力を削ぐことでした。

その通りの攻撃をモンテレイがやります。

特に、柏の左サイドバック橋本の守備力が、攻撃に比べて劣っているので、橋本の裏が狙われました。
そう、安田が居た頃のガンバのやられ方にそっくりです。

で、これを防ぐためには、フォワードの動きが重要なんですね。

相手のサイドバックをフォワードが引きつけるようにしなきゃいけない。
つまり、センターバックとサイドバックの間のスペースを使うようにする。
この事で、相手のサイドバックの上がりを防ぐことが出来ます。

その辺りの修正で、前半の後半は何とかなった感じ。

ただ、この試合、ジョルジュワグネルの献身的な守備に何度も助けられた柏でした。本当に良い選手ですね。サンパイオ以来じゃないですか?こんなブラジル人は。。

試合展開ですが、おそらくネルシーニョのことなので、ハーフタイムに根本的な修正をしてくると思いましたが、してきましたね。

これは、相手が2トップなんだけれども、事実上スアソのワントップで、サイドの選手のマークが甘くなっていたのを修正。
さらに、サイドバックをがんがん上がらせた。
相手に中盤での数的優位を作らせないためです。

守備もフォワードの2人がコースを消して、中盤でカットする方法に切り替えました。

これで機能するようになりました。

一方、前半、ハイプレスと裏への飛び出しをやっていたモンテレイは、体力面から少しペースダウン。

柏は、前半は守備の面でも、あまりトップから行かないようにして体力温存してましたからね。

得点シーンは素晴らしいものでした。
まさにワールドクラスのプレー

各国のスカウトが涎ものでしょう。
田中順也も良かったですが、レアンドロドミンゲス凄すぎ!
いやあ、レアンドロドミンゲス、来年日本に居るかなあ??
居ないだろうなあ、これは。。

しかし、モンテレイもすぐさま反撃。

得点した勢いで前がかりになった柏の左サイドの裏のスペースをついて折り返し、スアソが流し込んで同点。
スアソ、足引きずってますよ。足引きずりながらこれですからねえ。。

やはり、モンテレイ強いです。

その後、柏は交代選手で勝負をかけるのか?と思いきや、交代要因を使わず、延長戦へ。

ここでも3人の交代枠を使ったモンテレイに対して、柏は1枚だけ。
試合は動かずに PK戦になりました。

ここで再び大活躍したのがゴールキーパーの菅野。
とにかく、読みが早く、反応が鋭いです。

こういうキーパー、川口能活以来ですね。

ということで、PK戦を制して柏が勝利しました。

この試合、選手交代などは?がつきました。
クラブワールドカップは中二日の試合が続きます。
体力面から考えると、90分で決着を付けたかったところでしょう。

が、恐らく、ディフェンスにそれほど高さの無い柏は、相手のフォワードが大型化したため、選手を変えられなくなった可能性があります。

それを差し引いても、ネルシーニョのサッカーは面白いですし、修正も適切です。
やはり、オリヴェイラと並んで、本当に良い監督なんだと思います。
過ぎし日の読売ヴェルディ黄金時代を思い起こさせますよね。

そして、優秀なコーチ陣も見逃せません。
ヘッドコーチは、あの井原正巳さん。
ゴールキーパーコーチはJリーグ最高のキーパーの一人、シジマールです。

優秀なスタッフが適切に指導し、柏は充実期を迎えています。
体力トレーニングも充実し、落ちないスタミナも素晴らしい。

どこまで行けるか?是非見てみたいです。

次は南米王者、サントスとの一戦です。

text by
contemporary creation+
http://www1.parkcity.ne.jp/ccplus/

東京 吉祥寺 大正通りのセレクトショップ (メンズ+レディース)です
世界から選りすぐりの服飾雑貨を集めて販売。
日本の新しいデザイナーも取り扱いが始まっています。
ファッション再生に向け、がんばりたいと思います。

今週からは、クリスマスフェアを開催。
ラッピング無料、そして現金のお買い上げで10%分の商品券、カードのお買い上げで5%分の商品券を差し上げています。
お得なお買い物をどうぞ!!
(本など、一部の商品を除く)