いきなりですが、みなさん自分だけの気晴らしの手法とか持っています?
ぼくにはそれが「素材買い」でして、、最近ちょっとウツウツしてた時に、思い切っていつもとは違う種類のファスナーを注文してスカッとしたりしていました。こう、サンプルファスナーがズラッと入った見本表をウハウハ言いながら眺めて、ムシとスライダーのエレメントを選び、テープカラーと素材を選び、次つくるカバンの用途にあった上下止めの仕様を選んで注文書に記入、FAXするのが好きなんです。
今はもうやめてしまいましたが、最近までうちのアトリエはイタリアのLAMPO ZIPPERの輸入代理店のショールームとして機能していたりもしました。(ボクの仕事ではないです。友人がやっていたのでぼくは場所を貸していただけ。さらにちなみにKAGARI YUSUKEはランポー使っていないです。値段と納期とカバンとの相性を考えた結果だったりします)
さて表題。品質?について。
ファスナーを色々触っている中で思ったんですけど、「高品質なものは値が高い」って考え方はファスナーの世界では通用しない気がします。
ファスナーと言えばYKK
入手の容易さ、品質、バリエーションの豊富さともに三ツ星です。さらに他のファスナーブランドに比べて格段に安い。
(ぼくも黒テープ、黒スライダー、黒ムシのオールブラック限定でYKK使っています)
機能性だけを考えれば、YKK一社でファスナーすべて事足りる気さえするぐらい、YKK最強です。
ただ、、なんて言うんでしょうか。エレメントにせよスライドの良さにせよテープにせよ、全体的に良く出来すぎていて、綺麗すぎて、逆に物足りなく感じちゃうんですね。
イタリアの車と日本の車の違い、とでも言えば感覚が分かってもらえるでしょうか。いや、ぼく車持った事ないんですけど。
ファスナーだけではなく、服飾の世界では高品質=いいもの、という式は単純には成り立たない気がずっとしています。
なんなんでしょうね。
感覚の世界ですから、あえて未完成な方が入り込みやすいとか、そんな事もあるんでしょうか。
似たような事例を一つ。
ぼくの実家に電気ではなく本物の氷を使って冷やす昔ながらの冷蔵庫が何故かあります。
正直、日常ではまったく使いません。でも、ほんとたまに何かの拍子でそれを使ってサイダーとか冷やすとおいしく感じちゃったりね。
それでまたそいつ、見た目がいいんです。味のある鉄製で、不器用な機能とあいまって何となく愛着をもってしまいがち。
それとは反対にいまぼくの家にあるごく普通の、電気で動く冷蔵庫。毎日接していますが全く感情移入できません。機能性の上澄みだけを使ってる感じで、そいつ自体とは何となく仲良くなれない。可も不可もない疎遠なデザインなわけ。
自分の手でものを作る人間として、機能性、品質を無視したくはないと思うと同時に品質に対してヒステリーめいた過剰さで接するのも何か大事な要素がなくなってしまう、そんな風に感じます。
いや、ほんと最近のヨドバシカメラ・電化製品売り場行っても全然心おどらないデザインばっかりで辟易してしまいますもの。
あれ?
いつの間にか話しそれてるな。。